致知出版社 一日一話 読めば心が熱くなる・・ 第二弾 10 「刃で刺されても恨むな。恨みはわが身をも焦がす」 

林 覚乗 南蔵院住職

 長崎県の時津町に、打坂という急勾配の坂があります。そのバス停のそばに建てられている記念碑とお地蔵さんの前では、毎年慰霊の行事が執り行われています。
 昭和二十四年のことです。地元長崎自動車のバスが乗客を乗せて、この坂を上がっていました。坂の半ばに差し掛かったとき、突然エンジンが故障し、バスは止まってしまいました。
 運転手はすぐにブレーキを踏んでエンジンをかけなおそうとしましたが、ブレーキが利かない。補助ブレーキも前身ギアも入りません。三重のトラブルが重なって、バスはずるずると後退し始めたのです。そのバスには、鬼塚道男さんという二十一歳の若い車掌が乗っていました。運転手は大声で、「鬼塚、すぐ飛び降りろ。棒でも石でも何でもいい、車止めに放り込んでくれ!」と指示しました。鬼塚さんはすぐに外へ飛び出し、目につくものを車輪に向かって片っ端から投げ込みました。
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天はまだまだだと言っている

この30年間「今日一日怒らず怖れず悲しまず」の
天風精神で生かされました。
心に湧き上がることに忠実に動く。
すぐやる。など自分の心に従って生きてきました。
世にいいとか悪いとか言われますが、そのようなことは
まったく気にならず、とにかく湧き上がるものを
大切にしてきました。
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致知出版社 一日一話 読めば心が熱くなる・・ 第二弾 9 「お母さん、ぼくは家に帰ってきたんか」

上月輝宗 永平寺監院

 母にとっては待ちに待った息子の戦地からの帰還です。何とか一目でいいからあわせてほしいと懇願し、やっとの思いで院長の許可を得ることができました。病棟に案内されると廊下のむこうから「わぁ!」という訳のわからない怒鳴り声が聞こえます。どうもその声は、自分の息子らしい。毎日陰膳を備えて無事を祈っていた自分の息子の声である。たまらなくなって、その怒鳴り声をたどって足早に病室に飛び込みます。するとそののベッドの上に置かれているのは、手足をとられ、包帯の中から口だけが覗いている”物体”。息子の影すらあません。声だけが息子です。「あぁ!」と母は息子に飛びついて、「敏春!敏春!」と叫ぶのですが、耳も目もない息子には通じません。それどころか、「うるさい!何するんだ!」といって、残された片腕で母親を払いのけようともがくのです。
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松のものがたり~その2

明治政府が維新後、蘭方を採用して従来の
漢方医学、民間医薬を太政官令によって全廃し、
家伝の民間薬の処方は全部焼き捨てられることになりました。

まず大正15年には松葉タバコを禁止します。
さらに第二次世界大戦後には松葉酒を製造禁止し
「養命酒」を大々的に推奨します。
何故?

この国では松の文献はGHQによって焚書されましたが、
諸外国の松についての文献は9000を数えています。
世界では松は最高貴薬と認められており、それは
ロシアや欧米のシベリヤ杉にも似ています。
(アナスタシア)
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致知出版社 一日一話 読めば心が熱くなる・・ 第二弾 8 「平和のために働く人は神の子と呼ばれる」

古巣 馨 カトリック長崎大司教区司祭

 ミネやんとの出会いは島原の小さな教会に赴任した時でした、。その頃、私は郊外にある精神科の病院を訪ねるのが楽しみでした。職員や仲間から「ミネやん」の愛称で呼ばれる信者さんが待っていてくれたからです。心が通い始めた頃、私はミやんに尋ねました。
「きつい時、「聖書」のどのみ言葉が支えになってきましたか?」「神父さん、私は中学校しか出とりませんから、難しかことはようわかりません。でも、せっかく洗礼を受けて神様の子どもになりましたから、死んだとき「あぁこの人は神様の子どもだったんだ」って言われてみたかとです」。そう言ってミネやんは、たまたま開いた「聖書」に「平和のために働く人は幸い、その人は、神の子と呼ばれる」という言葉をみつけ、これこれと意を決しました。「だから私は平和の為に働くとです」。
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