「相手の意識圧を上げることこそ仕事」

この9月から言葉を残して意識の延長を!
という内側からの言葉に突き動かされて
毎日毎日湧き上がるままに書き留めさせていただく
作業が続いています。

全部が自分で、自分は実は宇宙だとしたら、
どこからの言葉も意識もそれは
宇宙から、全体からとなります。

この世界が幻想だと言ったら、狂った人として
認識されるかもしれませんが、どうせ
自分しかいない世界、宇宙ですから
「勝手の平左」ですね。

それでそれにお付き合いくださるたくさんの方に
大きな深い感謝をささげながら、これ以後も
続く限り言葉(物質)を出させていただこうと感じるのです。

今朝思ったのは1995年に今生でお会いできた
飯島秀行さんとのたくさんの魂の邂逅の中で
いただいた言葉を、「奇跡の道のり」との対象によって
またあらたに書き留めさせていただきます。

ある道のり~飯島さんの世界観~から順にと思いました。

1相手の「意識圧」を上げることこそ仕事。

これは一般的には相手の「成長」を促すことこそ仕事。
という、ま一般的コーチングみたいに聞こえます。

しかし飯島さんのお話会に行きますと。

「押せば返る。思った通りになる。

これだけなんだよね、じゃこれでおしまい。」(笑)

と言いながらお話が始まります。

そして見えるもの、聞こえるもの、匂うもの
を物質とおっしゃって、その物質との対比から
エネルギーは見えないもので、見えないもの(エネルギー)が
見えるもの(物質)の原因であることもおっしゃいます。

ようするに見えないエネルギーが原因で結果が
見える物質であると説きます。

ですから結果である物質が物質を変化させることは不可能。
原因であるエネルギーが物質を変化させます。

その見えないエネルギーの最大は
「意識」です。
水圧、電圧、空気圧、微生物圧などとエネルギーを
呼び、その延長で最大のエネルギーである「意識」を
「意識圧」と呼びました。

病気はすべて心からという「奇跡」からの言葉も
原因である意識が結果である肉体の不調を作っていると
結論付けています。

「生かしていく世界(空)から見ていくと、70億は一人」

この「意識圧」を上げる最大は何なのでしょうか。
この世的な現象の世界の成功とかでしょうか。?

それは「空即是色」の世界観を徹底的に身に心に浸透させて
いくことなのかもしれません。

「空」から見るとこの世は一人なのです。

かけがえのないあなたなのです。

どこにも分離はなかったのだとの確信が
世界の平和と愛の延長に繋がるのでしょうか。

「相手の意識圧を上げることこそ仕事」

アルラの三つの品が革命的です。

バイオチュアブル

たいしたことではないですが。
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一番新しい「バイオチュアブル

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次に新しい「ヒナモロコ

自然洗剤ですが、雑菌の不活化にも有効です。
アルコールよりは・・・。
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そしてそれは実話です。

ヒナモロコとバイオペーストに共通なバイオミネラルは自然物でPH11です。

バイオチュアブルは、バイオペーストファンにもおすすめです。

疲 労

「疲労した状態とは 霊がない状態」

よく疲労とか痛みとかは酸欠と言われます。

「疲れた 疲れた」と連呼される方は
「愛がたらん 愛がたらん」と言って
愛を求めているのかも知れませんが。

霊がない。とは?

たいて霊はエネルギーで物質に対するのは肉です。

「霊肉一体何故」は知花先生の講話です。

肉が車だったら、霊は運転手。
霊の運転手が下りたら、車である肉は抜け殻です。

その抜け殻が完全に抜け殻になるのが死体と言われる状態です。

それまでは肉体の痛みも「疲れた」も
霊がないまたは不足の状態ですね。
ようするに霊はエネルギーであり、原因であり、
「愛」であり、神であるのだから、それがないまたは
不足なのは活き活きしていない状態です。

それを助長するのが「自我」です。

「自我」は霊の喜びを恐れているのです。

霊には闇はありえませんから。

自我って・・・

人間は自我があって存在を保っているようなものですね。
この世のですが。

自我は個性かも知れず、だれかに個性って何?って
聞いたら。
「欠けていること」と言われました。

「確かに」と変に納得しました。

欠けているから、目の前のことをいろいろと
判断して、裁いていくのが毎瞬の個性の作業ですね。

ところが
「自我は裁きなしには生き残れず
裁きがなくなれば退けられる」

ので、裁くことをやめればやめるほど自我が後退していきます。
そして個性(欠点)も薄くなっていくのでしょうか。

「自我とはありのままの自分としてでなく
自分が望む通りの存在としての自分自身を
知覚しようという間違った心による試み」

ややこしいですが、そうしたら欲望が自我。?

やはりこの世には自我のない人は一人もいませんね。

創造があなたの源であり あなたの唯一の真の機能

人間は誰でもどんなことを考えてもいいという
自由意思を与えられている。

右に行こうと思って左に行く人はいない。
(たまにいるかも)

そして思うことを考えたように行うことも
できる。思った通りになるは真理。

自由が隷属だと考えている者は病んでいる。

30歳で再び会社を組織し事業を再興できてから
ずっと考えていた自由意思。
いつでも「これではない」。

そして40年というこの世の時間を
経過して、これこれ、という領域に入っている。

「これではない」と感じながら、それを続ける
苦しさは、はかない努力のように感じる。
むしろ生命への冒涜の感すらある。

私とは誰か。

私は物質を生み出し、蓄えこの世の豊かさを
享受するために生まれて来たのか。
それを創造というのか。

それとも私は真の創造をするために生まれ出たのか。

真の創造とはなにか。

分離が起こる前までは何も欠けていなかった。
必要というものは全く存在していなかった。

では何を創造するのか。

「喜び」と「平安」と「慈しみ」の回復が
真の創造なのだろうか。

天の道はごく単純かもしれない。

この世界に生きている「あなた」とは誰だろうか

個は地上の様々な場所に生かされて、
さまざまな体験をします。

それは一人一人全部異なります。

また感受性も異なっていて、例えば歌とか、音楽、
劇、映画なども感じるポイントそれぞれが異なります。

人間が創った数々の音、映像は人間が
ほんとうに作ったのでしょうか。

何ゆえか分らぬ心の震えを感動と呼びます。
その感動も体験に重なる人間の感情的なものと、
理由のない感動と二つあります。

その理由のない感動にこそ、根源からの
光が感じられるのです。

「ヨイトマケの歌」が人生では最初の感動でした。
そして「仰げば尊し」の斉唱の中学の卒業式でも感動しました。

大人になっては数限りなく歌や映画や劇や
テレビでも感動しました。

でも訳の分からない感動というか震えは
数が少ないものです。

「感情のない感動」とは進化と、鏑射寺の中村公隆山主は
おっしゃいました。

声、音、映像。

プライナス(歌手)、小林五月さん(ピアニスト)、堀田さち子さん(シャンソン)
加藤えい子さん(シャンソン)ミネハハ(歌手)宗 美佐さん(歌手、ピアニスト)
伊藤 晶子さん(歌手)、あと最近のお知り合いのHさんやRさんはいずれも歌手です。

声、音に心が共振するのです。
意味もなく。、

そのような体験はおそらくどなたにでもあることと
感じさせます。

そしてそれはすべての方々に異なった体験として
与えられるかのようです。

扉へ導く光でしょうか。

すべてのお出会いに深い感謝をささげます。

この世界に生きている「あなた」とは誰でしょうか。

「霊は永続性とゆるぎない実存の智識をあなたに
差し出す。これについての啓示を体験したものなら誰でも、
二度と再び自我を完全に信じることは出来なくなる。」

持続する真の豊かさの感覚を持つ者だけが
真に寛大になれると申します。

真の豊かさの感覚とはなんでしょうか。

この世界に遍満していながらも
この世界では感じることがむつかしいものなのかもしれません。

けれど一旦心が決めさえすれば・・・。