この道へ 2~ きっかけ

そのことがあった日より以前にも、時々はそれまでの生き方を
振り返るようにはなっていた。

その日は44歳のある日だったが、年齢から来る人生への
感慨もあったのかもしれない。

39歳となったその5年前には、自宅を壊し8階だてのテナントビルも
建築した後だった。
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この道へ 3  「自己啓発セミナー」

この道へ その3  「自己啓発セミナー」
衝撃の一言を聞いてから何をしたくなったのかというと、
それは人間ってなんだ、自分ってなんだの問いの
答えを得ること。

それには自己啓発セミナーが一番だと、
いろんなセミナーを聞いたり調べたりした。
そして二つに絞った。
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この道へ 4 「高度情報科学セミナー」

大阪の駅から徒歩15分くらいにあるビルに
全国から毎週土日に多くの人々が集ってきていた。
「マルチメディアインフォメーションセミナー」と題うった
セミナーを受講。

それまでの自分の育った環境やめざした実業家としての
考え方に大きな影響を与える内容のセミナーだった。

土木技術者として、そして金属建築材料の製造販売者として
携わった業務や得た知識や人脈とは異なったものを体験する。
大きな視点が欠けていて、利益優先の小さな自分が
いかに無知であるか。

日本の現状、世界の動き、世界権力の大きな力、
日本民族の意義、この国のめざすべき方向など
思いもよらぬ数々の話に圧倒された。

そしてそのために世の中がどのように変化していくのか、
また時代の価値観が金や物から何に移っていくのか、
その過程では道具として何が生かされていくのか、
たくさんの学びが平成5年から始まった。

多くの人々を大阪へご案内させていただいた。
海外研修旅行ではボリビアに20数名の方と共にでかけ
ボリビアの現状や精神世界の学び(知花敏彦さん)や
沖縄で自然農業を指導する飯島秀行さんとの出逢いを得た。

まだウインドウズ95以前のPCや富士通のFMVシリーズで
ウインドウズ3.1を使って仲間との交信が始まる。

情報通信の第一歩は真っ黒な画面に浮かび上がる
白い文字の通信を参加者の方々がつかみに行くという
スタイルだった。

PCを30台ほど無償で、縁ある方に配布させていただいて、
ネットワークに慣れること、時代のさきがけとなっていただくことを
熱望した。

ウインドウズ95は劇的に世界を変化させていく。
そして携帯電話での声やメール通信もまさに大きな通信の
役割を担っていくのである。

だけれども道具や技術が進歩し、通信手段を得たのだが
何をやっていいのかがわからなくなってきていた。

ようするに情報の内容がないようなのだ。(笑)
そのことは多くの識者も実感として、現在もなお
持っている疑問である。

物を販売し、通話料金を無料化し、人々の意見があらゆるところを
飛び交う。日記的記述(ブログ)が大ヒットした。

人気のスポットがわかりスポーツ、映画、ニュースを新聞やテレビより
早く詳しく知ることができる。

行動を起こす前にはまずインターネットで情報収集。
さらには企業や事業体での内部告発。
真実の公開があちらこちらのサイトで容易になされている。
たしかに便利になった。

人生がもの凄く短時間に多くの体験をくれるようになった。
世の中の大変化を促す道具は通信機器。
それはとても早いスピードで進化している。
2011年テレビ放送のデジタル化や家庭や企業への通信インフラ(線)の
ラストワンマイル(引き込み)も電気コンセントの参加で
最終となり、さらには「高度情報時代」の進化が、衛星による
受発信を活発化させ、世界はひとつになることだろう。

中国での貧富の格差は、インターネットで暴露され
暴動を加速し、国家の崩壊さえ招くかもしれないとうわさされている。
さてそれでいったいどうしたのだろうか。

私たちは便利快適な世界をこれ以上享受し、もっともっとで
進むのだろうか。

「高度情報科学セミナー」によって目が醒め、
時代の最先端を走っているという充実感で満たされていた心に、
進んでいる方向への疑問が少し芽生えてきていた。

それでも同志で作る新しい会社、株式会社テレコムあいちは共同で
実業するインターネット電話の事業体として発足した。
それまで共に歩いてきた同志で活動する、はじめての
事業体だった。

この会社を基盤に世の中に有効な情報を供することができる「放送局」と
なることが最終の目標とされた。
平成11年6月、やがては無料となるであろう電話網の事業と
知りながら、あえて船出したのだった。
つづく・・・

この道へ 5 「ネットを基盤に」

こうして書かせていただくと、なんだか「人間とは何か」からは
しだいに遠く離れて行ったかに感じるかもしれないけれど、
そうでもない。
現実からそんなに離れることを望まず、
常に地に足をつけて歩まなければと自戒しきりだったから、
あまりに怪しいものからは遠ざかってはいたけれど、
平成5年から続いている会はいまだに参加させて
いただいている。
それは「冠之会」という。
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この道へ 6 「DDNとありがとうおじさん」

同志で作りあげる自前のインターネット電話局網が
もろくも崩れ去ったあとは、動物占いやグルメナビの組織から
お話が持ち上がったが、いずれもその気がでない。

ただ農協の特販部のような会社からの紹介があった
突然変異のクロレラ「桃太郎」だけはモノとして
取り扱わせていただいた最初となった。
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この道へ 7 「時が来た」

活動はS先生やAおじさんの影響か、多くの参加者を
巻き込んでいったのだが、活動の中心となる電話事業
そのものに魅力がなくなってしまった。

魅力といっても経済的な成功の魅力なのだが、
そのようなことは初めから眼中にはない。
経済ならば本業に力を注げばよいのだから。
いよいよ実際に放送局への道を模索する「時が来た」と感じた。
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この道へ 8 最終項 ~戻れない現実

 人々がブログを通じて個性の光を耀かせていく時代に
入った。

多くの方が発信を続けている。
さまざまな個性がさまざまに絡み合う。
仮想社会で知り合い、現実でも出会う機会が増える。
望めば。

ネットワークと個性の光の組み合わせがこれから何かを
生み出していくのかも知れない。

だが価値観はそれぞれに異なるもの。
だからこそ一人の個性に人は群がる。
個性は光であり、その人の体験のすべてを巻き込む
自分像そのものかも知れない。
すなわち「フィルター」。
一人ひとりはネットワークの中心にちがいない。

だがフィルターが異種だと、ネットワークは玉石混交になる。(玉石にもまたフィルターあり)
それでもただあるネットワークにフィルターは要らない。

縁が縁をよぶネットはただ変化を表示するネットでいいのだろう。
フィルターはあくまで自分。

自分フィルターの変化も知る手段があれば、
「一体全体」が完成するネットができる。

そして縁のネットはその細胞が変化し転換していくのだろうか。
大きな輪の中に自分を投げ入れその中で
さまざまな興味を満たすこともいいだろう。

ちいさな波紋からあるままに広がるネットもいいだろう。
どこにいても一人の個性は光を放っている。

そしてフィルターもまた変化をする。
小さくても変化するネットが向かう道だろうか。

やろうとしたことだけは残像として長くあることでしょう。

「人間って何だ」は永遠の問い。

それに答えようとしてくれた数々の体験。
上海「玉仏寺」、徳島「剣山」、秋田「十和田神社」、ボリビア「ティアワナコ遺跡」、
能登「モーセの墓」、神戸三田の「鏑射寺」、イスラエル「ネボ山」、
インドの「凌寿山」などでの霊的体験。

「この世とは」の答えに導く不思議現象。
ふしぎの小島さん、あんでるせんの久村俊英さん、マジシャンセロとヒロの
未知能力の数々。

そして「時間と空間」はエネルギーにすぎないことをも教えてくれた。
さまざまな出来事や人様が自分の人生を構成してくれた。
ありがとうおじさんや故津留晃一さんそして七田さんは
明確に答えた。

「この世には一人しか存在しないってこと」

さびしく思うか思わないかはあなた様の思念どうり。
「この道へ」はここで終わります。

ひとつひとつを語ればあまりにやかましい。(笑)

現実の人間の大多数の幸せ感を求めて生きることには
決して「戻れない」けれど、ただ今ある目の前のできごとを大切に、
すべて否定せずに生かされることを念願しています。

おつきあいに感謝しています。

ありがとうございます