芹沢光治良 作家
その時代ってのは、日本の農村も漁村も貧しかったわけですからね、子どもだけは、貧乏人の子だくさんというように、多かったでしょう。子供なんてのは「ごくつぶし」っていわれてたですからね、僕が小学校に行くようになってもね、毎年十二月末から三月上旬まで西風が吹くんですが、西風が吹くと漁師は出漁できないんですね。
そうするともう、お弁当が持っていけない子供たちは学校へ行って、お昼の鈴が鳴るとね、井戸端へ出て、水を飲んでね、我慢した。病気になったからといって医者にもかけてくれないんですな。「腹を干す」といって絶食させて寝かせておくんです。そのまま死んでも「口減らし」ができたと家族はほっとした時代です。そんな状態でしたからね、中学なんて行くことが出来なかったわけです。本当ならね。
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