随想 伊路波村から〜 気づき

「若くして千日回峰行をした方が
仙台にみえて、その方と一時間半ほど
お話できました。」と、なんだか感激した友人からの電話。

なにか参考の本があるとおっしゃるので、
送ってくださいと頼んだら、すぐに届いた。

塩沼さんというその方と板橋禅師さんとの対話本。
自分としてはめずらしくすぐに本を開く。

そして一気に7割ほどを読み終えて、翌日
すべてを読ませていただいた。

19歳の若さで、すべての方がそうであるように
導かれる人生へと船出していった若者の
目指す先は修験道の極致である千日回峰行と
四無行(寝ない、食べない、伏せない、飲まない)。
高野山、金峯寺での行生活が待っていた。

それを体験され、現在39歳の塩沢さんは、仙台の方。
母と子ひとりだけの幼少期の貧困度合いは
この時代にあって物凄いものだ。

板橋さんとの年齢差は30歳以上。
その板橋さんがとても気になったお人が
塩沼さんだった。

ご本の最後のほうだった。塩沼さんは語った。
「大変な行をして、悟ったかに思われるでしょうけれど、
ちっともそうではありません。
どうしても好きになれない人が高野山にみえたのですが、
行を終了してもやはり気に入らないのです。」

そんな彼が仙台から年に一度の高野山詣でを
した日、たまたまその方とすれちがう。

そしてやっぱりなんだか気がむかないのだけれど、
こんにちはとあいさつするが、むこうはつっけんどんな感じ。
それで「仙台からきたんです・・・」と続けるのだが、まだ無関心なようす。
さらに「これおみやげです・・」と
手渡すと・・・そのとき、すこし相手と気が通じたかに感じる。
そして彼は大きな感慨を味わう。

自分が拒否していたんだという、自分の器が
ちいさかったんだとおおきな反省をするのです。
こんな超人的な行を終えた方でさえ
この世の人間の気持ちを越えることはむつかしい。
すべてを愛する大きな気持ちをどうしたら
もつことができるのだろうか。

もしかしたらそのことを試されるのが人生なんだろうか。
涙がボロボロでてきました。

今朝娘が言いました。
「Mさんに、病院で物凄くお世話になったのに、私あのひとの
ことを嫌いなだなんて思ってしまった。
レントゲン室に連れて行ってもらった時、
とても親切にしてもらったのに・・・。
嫌いだなんて・・・。」
と泣くのです。

この本のくだりを読み聞かせました。

「こんな大変なことをされた
お坊さんでさえ。嫌いな人がいたんだよ。
だから気にしなくていいんだよ。
できるだけでいいから、なるべくみんなが
好きになれるといいよね。」

できない自分を見ていました。