感じるものこそ 030225

感じるものこそ 030225
「感じるものこそ大切です」

人生のあらゆるシーンを体験する私たち。
さまざまなことに心を動かされ、行動する。

仕事でのこと、集いでのこと、映画、演劇、コンサート。
そしてさまざまな方のお話。

感動が起きた時、人は行動に移す。
けれども感動がうすれるころ、人は離れる。
そして次のステージへ。

追いかけても追いかけても得がたいものは?
そして追いかけるほど得られないものは?
あらゆる感情や感覚を抜き超えたものは?

おそらくそれを体験した時、ごうごうとした光の中で
感謝がっぱい溢れ出すことだろう。

そしてそれからの人生は一変するのかもしれない。

「どこへ行くことも無い。汝の戸をしめて祈りなさい」

イエスはそう語った。
求めに求めてさまざまな場所に旅をし、
さまざまな人に逢う。

それが徒労だといいたいのだろうか。
感動もいのちの震えも感謝も、決して強制が
できるものではない。

「感じることこそ 大切です」

私たちの個性の旅は続いている。

随想 伊路波村から~何処へ 020911

光を語ればすべては見えない。

私たちは見える所に生かされている。

ビルの端にかかる夕陽をみると
ビルの一部が消えてしまう。

あまりににぶいそして粗い光の中で
生かされているから物がみえるのだろうか。

アンデルセンの久村さんが壁に腕を通した。
そして抜いた。

私たちのまわりのいつもあるものってなんなのだろう。
明日がくると無意識下に信じているから明日がくる。

明日はこないと思う人には明日は来ないかも知れない。

今ある物体が400km離れた知らない場所に瞬時に
置き換えられる。空間って、時間って何だろう。

三次元をはるかに抜き越えた多次元からみれば
そんなことはあたりまえかも知れない。

ここまできたらそして一緒にいるから、
意識をつなげていようよ。

意識のチェーンで輪をつくろうよ。
せっかく会ったんだから。

過去と呼ばれるあらゆるできごとも、
未来と呼ばれるまだ見ぬ出来事も、
みんな今、一人が創ったことだろうか。

限りなく孤独であって、限りなく満ち足りた
すべてのあなたよ。

一人しか,ひとつしか存在がないのです。

随想 伊路波村から〜 空気銃と祈り 001109

2000年11月9日 記

11月1日、仕入先会社会長の葬儀のため東京に出向いた。
寒い東京だった。

浅草東本願寺。盛大な葬儀は午後3時終了した。
名古屋から参列した問屋仲間のKさんとSさんに出逢った。
一緒に帰名することにした。

ひかりの11号車に乗り込んだ。グリーンが10号車だから、
ここは居心地がいいからだ。指定をとっていなかった。ドキドキ
しながら席の埋まるのをみていた。仮に陣取った13番のABC
席だけが横浜を過ぎても指定の人はみえなかった。ラッキー。

A席が私、B席がSさん、C席がKさんと座り、宴会が始まる。
ビール、ウイスキー、酒。酔いながら名古屋まであっというまの
時間だった。
実はSさんは、3年ほど前、倉庫と事務所をほぼ
全焼という体験をされた。そしてKさんは先の名古屋西区の
都市洪水で大被害を受けられた方なのだ。まさに火と水。
まるで火水(かみ)の横におかれた凡人の私であった。
話ははずみいつも笑顔をたやさない。そしてあいさつを
率先してされる。

火のSさんの幼少期のこととなる。
彼は62歳、還暦前から赤が大好きな方で、
今日も赤のネクタイにチャッカリ喪服が似合っている。

Sさんの小学校4年の時のできごと。空気銃がはやった頃の話。
Sさんは遊んでいる時、草むらの中の同い年のこどもの頭を
誤って打ってしまった。おどろいて、その子の家に知らせに行く。
おろおろして、どうしたらいいかわからない。

親御さんが、その子の親に謝り、子供等の事件であり穏便に話し
がついたようだった。打たれた子供には重度ではないが障害が
でた。Sさんは父親に言った。「僕はあの子にどうすればいいんだ
ろう。」父は応えた。「子供のお前に何もできない。
あとはワシがやるからお前はあの子のために祈りなさい。」と。
そしてSさんは小学校4年のそのときから62歳にいたる今日迄、
仏壇に水と米を毎日そなえる。そしてその子の為に祈ってきたの
である。いつも笑顔で元気でとっても年令62歳にはみえない
Sさんにそんなことがあったのだった。

翌2日、ある集まりの二次会の寿司屋さんでこんな話をしていた。
そして翌日、この話をきいてみえたT子さんからメールを
いただいた。グッときた。
                     
 山田さんがお話された空気銃のお話を聞きながら、私は母の
 ことを思い出していました。すごく前に母がサラリと
言ったことを 自分の頭の中で膨らませてそれを事実と
思っているかもしれないので、そのとき言いませんでしたが、
今朝母に確認してわかりました。

 そしてもっといろんなことも。
 実は、母も昔、空気銃で頭を撃たれたことがあるのです。
近所の子供が 二階から遊びで撃っていたのが、
母の頭頂にあたって、気を失って倒れた そうです。
そのとき私がお腹の中にいたそうです。

(それは今日知りました)大量の出血がありそして弾が
頭に入ってしまったため手術をおこなったそうです。
 近所の人や、親戚はすごくおこったけど、相手が子供で
将来があるから ということで、父も母もおおごとに
しないようにとまわりの人に頼んだそうです。
幸い目にみえるような後遺症はありませんでした。

 随分前に母が「寒いと空気銃でうたれたところが痛いわ」と
サラっといったのを聞いてすごく驚いて、
どんなことがあったのか聞き出してもっと驚いて
「母を撃った人はなんていうやつだ!」と
すごく頭に来て、「ひどい人だね!」と私はおこってましたけど、
母はニヤニヤするだけでじれったい 気がしました。
昨日の山田さんのお話を聞いて、撃っちゃった人もすごく
苦しんでいたんだなと思いました。

そんなこんなで今朝は空気銃の話題だったのですが、
母は「あの子も何歳になったかなあ。あんたよりも年上だわ。
今何やってるかなあ」と言っていました。
T子拝                                     

自分への手紙

自分への手紙
修身教授録「自修の人」の項を他の方が輪読されるのを聞きながら、
まったく内容と関係がないのに、母の顔が浮かんだ。
そして感想を述べる時間にまたも慟哭していた。

なさけないような自分の最後の、残り物。?
それが5月18日、早朝の四日市読書会でのこと。
実は4月のはじめ、大阪家庭裁判所から
封書が届いた。
「遺言書検認」の参加要請通知だった。
「何か悪いことしたんかな。?」って
すこしドキドキしながら開封したら、
書類には見知らぬ人の申し立てがあった。

兄と姉に電話した。
関東の妹からは電話があった。
「テレビドラマのような話とちがうやろか。?
おもしろいから行くわ。」と姉。
兄は一緒に行こうと言った。

妹からの電話には、
「遠いから、欠席でいいよ。あとで知らせるから。」と返事をした。

見知らぬNさんという女性は。
遺言を残されたご主人の奥様とわかった。

除籍謄本を取り寄せた姉は、物語のように
不思議な人間の関係を前もって知ることになる。

姉との電話口での会話の中で、もうすでに
いのちの本質はこれから知るであろうことを、
わかっているかのように、震えていた。

「お父ちゃんはな、戦地に行く前にな、
初めて自分の父親に会いに行ったみたいなんや。」

父は母との間に、4人の子をもうけた。
その中でM姓を名乗ったものは一人長男のみ、
こちらは養子にいき、姉妹は嫁いだ。
父はきちんとして結婚で生まれた
子ではなかった。

そのことはずっと前に知っていたけれど。
5月10日、近鉄で大阪に出向いた。

兄と二人だけで、電車での旅なんて生まれて初めてだ。
頭が真っ白な今年で64歳になる兄。
M家では父代わりの大事な柱だ。
なんせみんな父親と一緒に暮らしたことがないんだから。
父は別の場所で、別の家族と共に暮らし、
命を終えた。もうそれから幾年になるんだろう。
はっきり覚えていないけれど、
母が逝って6-7年過ぎたころに旅立ったから
もう16-7年になるんだろうか。

新しく会社を興し、事業に精を出していたころ、
父がなくなった。
「僕には父親はいない。」
かたくなな心が、誰一人にも葬儀のお知らせをすることを
避けさせた。

養子として入った家の父母にも来ていただくことを
遠慮していただいた。
兄の関係のものすごい数の参列者に比較して、
こちらは誰もみえない。

自分でもすさまじいばかりの固い心を
感じるほどだった。
こころのけじめだったのだろうか。
母が名古屋大学病院で、すい臓摘出の手術をした後日、
見舞いに来た父とひさしぶりにあった。
父が帰ったあと、母に聞いた。

「おとうちゃん、ごめんって言ってたか。?」

母はなんにも言わなかった。

今度の大阪行きで過去のすべてが今に来た。
家裁の待合室、兄と姉と3人で待つ。
同室には大阪の人々だろう、きつい関西なまりで
関西での鉄道事故のことを、ほほえましく話しあっている。
15分待つ間に、なんだかこちらとも打ち解けていった。
書記官の方が、開始を告げに待合室にみえた。
全員がいっせいに立ち上がった。
あれ一緒だったんだ。(笑)

書記官の方が示す順番どうりに着席。
父の父親(祖父)には5人の男ばかりの子供が
いた。本日は最後の子供(5男)さんの遺言書だった。
そして戸籍では実子として入籍を許された父は
次男だった。
この5人の男性から生まれた子供は15名。
びっくりした。

一気に10名もの血縁の存在を知ってしまったのだから。
もし5男さん(おじさん)に子供さんがみえたら、
決して会うことがなかったであろう人々。
「男の一滴って  すごいなあ。」
みんなでおじいさんのことを誉めた。(笑)

おそらくよほどのことがない限り、
2度と会うことがないであろう人々。
けれども血は確実につながっている。

父母をとおして最後の血縁のおじさんがなくなったのだった。
実は父には母とのあいだにではない男の子が
一人いる。
どうしてだか戸籍には、いったん離婚届けをだした父の
届けが受理されたあと、裁判所で離婚無効の訴訟が起こされ、
無効が成立したと記載がある。

おそらく父は離婚したかったのだろう。
そして母は必死に抵抗した。
母の死後、その男の子をM家の戸籍に
認知する手続きを兄がした。
立派だったと思う。

父は自分がされたように、
自分も同じことをしたのだった。
母は結婚前に言った。

「ええか、 女はつくってもなんにもいえへん。
けどなあ、子供は絶対つくったらいかん。」

ふだん無口な母にしてはものすごい決意の
言葉だった。

なぜだかやっとわかった。
血潮の恩が体中かぶさってきた。

なぜこの父と母を選んだのだろう。
いったい何を体験したかったのだろう。

父はなんて いやな役を買って出てくれたんだろう。
頭では手放していたはずの父親への思いの
最後の重しがカタッと外れた気がした。

父親との唯一の思い出。
高校時代アルバイトを頼まれたのだった。
寒い日だった。
父と一緒に車に乗って、
タクシー会社の業界新聞の購読費の集金。
しかもなんだか貰えにくい会社ばっかりだったと
あとでわかった。

学生服だけでコートがない姿を見て、
「コレ着てきなさい。」と太い編みの、ドテラのような
服を渡す。

恥かしかったけど、寒かったから着る。
父は集金会社から少し離れた場所に車を
止めて、こちらの首尾を待つ。

ドキドキしながら、大抵は二階にあるタクシー会社の
事務所を訪ねる。

「集金にきました。」と言うと、
すぐにはどこも払ってくれない。
なんだか事務員さんと所長さんとのヒソヒソ話の
あとで払ってくださる会社があったり、
「もう何ヶ月も前に断ったんだから、払えない。」
といったりのどちらかだった。
それでもお金をいただけた時は嬉しくて、
父の待つ車に飛んでいった。

二人でちっといたずらしているような気分だった。
たくさんのアルバイト料もいただいた。

小学校三年生から中学時代まで、
毎週のように生活費を受け取りに出向いた、
父の家の前を、今も通ることがある。
あんまり行きたくないことだったけれど、
適任者はこちら。
何時間も父の帰りを家の前で待ち続け、
やっと会えたら、「今日はだめ」。

25円の路面電車の往復キップの帰りの半券を
落としてしまって、太閤道りから瓦町まで歩いたり、
終点の覚王山まで眠ってしまって、
車掌さんに新栄町まで送ってもらったり。
それでも1週間分の500円をもらえた時の
家族の喜びが嬉しかった。
誰にも秘密にしておきたいことがある。
そう思います。

絶対に言えないこともあることでしょう。
葬式を誰にも知らせなかった非情の子。
入院中にやさしい言葉をかけてやれなかった。
末の娘の顔を見て、死んでいったね。

兄は立派な人生といわれる人間になりました。
もうあと3年働くそうです。

姉は家族で花屋さんしてます。
妹は家族仲良く、今はルンルンです。
僕は元気です。

自分への手紙として、書きます。
ほんとうは、なるべく隠しておきたいことです。
お父さん、ありがとう。
おかあちゃん ありがとう。

テネモスミーティング名古屋 1/25 ご報告 その4

釘本さん:イスラエル旅行のマルシェロ神父さんは
りっぱな人です。祈りの人。本気でお祈りする人。
「私のために祈ってください」と言われた。
本気でないと言えない言葉。

ローマ法王は今までの慣習を壊そうとしている人。

どんな人と会うかは意識次第。
ローマ法王が好きだった。

イスラエルに行ってよかった。
イエス様の愛を感じることができた。
飯島さんもイエス様も矛盾がない。

東門が閉じられている。
メシアが現れたら東門が開く。
イエス様はロバに乗って東門から入った。
ロバに乗って戦争する人はいない。

イスラエル、お金使わず。素朴な感じ。
売りに来た人の家庭が見える。
世界の人は一緒だなと感じた。

日本は大きな経済に巻き込もうとしている。
イスラエルは小さな経済がたくさんある。
これからやっていきたい世界。
何かあってもやっていける社会づくり。
みんなの顔が見える社会づくり。

水を大切にしている。
ユダヤ人は日本人に似ている。
お風呂の跡があって、とても似ている。

聖書の預言は絶対。
メシアの出現日にお手伝いできるようにと
2000年前毎日お風呂に入っていた。

ローマ帝国の支配時代、水道管がすごい。(開水路)
前田家の神社に水道管があった。

砂漠なので水を集めて暮らす。
心の底から愛を知るためにやってきたと思えた。
イスラエルで。

飯島さんから言われた「人の意識が読めるか、それが心配だ。」

「愛がゆく」漫画
「天涯孤独の荒くれ男・北条松五郎は、ある夜すさまじい閃光に遭遇、男の赤ん坊を拾う。
松五郎は赤ん坊に「愛」と名付け、男手ひとつで育てていく決心をするが、
「愛」が未来世界から現代に送り届けられたとは知るはずもなかった。
すさんだ大人たちの心を癒す「愛」は、成長するにしたがい、
さらに不思議な能力を身につけていく。
一方、その「愛」を抹殺するために、未来世界から暗殺者が送り込まれる。
いったい「愛」とは何者なのか?  
壮大なスケールと息もつけない展開で描く、愛と感動の物語。・・・」 

コミックを読んだ。「愛がゆく」 のんだくれのまっちゃんが宇宙からの
子供を育てる物語。
マザーから人は生まれる。
未来は家族の概念がない。
心の痛みがない。
愛情をもって育てたら、ものすごい愛の子になった。

二極化が進んでいて、それでも「愛の時代」が来ている。

ユーチューブで見た。肉食獣が草食獣を襲う。
かわいいバンビとか見たときには襲わない。
そういう場面のみ集めたユーチューブがある。

最初にかわいいと思われるあかちゃんは幸いで、
かわいいと思われないあかちゃんはかわいそう。

飯島さんより最近気が付いたこと。

「ただ認める」 「自由意思を出していくこと」

随想 伊路波村から~折り梅 020501

人間は感動を求めて動く動物だろうか。

ロングランとなった映画「折り梅」を鑑賞した。
幼い頃、母と別れた老婆と、痴ほう初期でもある彼女と
ともに暮らす嫁を中心とした、家族の物語。

老婆は幼い頃の母との思い出を語る。
梅をいけながら子に語りかける母。
「梅はこうして折っても花を咲かせるのよ。
梅は強い花なの。」

町に働きに出ていた母はいつしか戻らなくなった。
砂浜で母を毎日まちわびる幼い日々。

大人になって結婚し4人の子供が授かる。
だが早くにご主人を病気で亡くす。4人の子供を
おはりこの仕事をしながら、生活保護も他人の世話も
受けずに、育てた。
(そうだうちの母もそうだったんだ。)

自分のライフスタイルを必死に護ろうとする嫁。
老婆は必要とされていない自分の存在を
知る。

限界がきて老人ホームに行く前夜。嫁は老婆とともに寝る。
そして幼い日のことを知る。
老人ホーム行きはやめていた。

デイケアのお寺で老婆の発表。
「あそこに座っているのが、うちの嫁です。
ほんとによくしてくれるのに私は怒ってばっかりいて、
なんでそうしてしまうのかがわからない。」

嫁と老婆のハンカチの投げあいはまさに心が溶け合う
瞬間。笑い嬉し涙とはこんなこと。

だれだって自分を大切にしてもらいたいんだ。

テネモスミーティング名古屋 ご報告 1/25 その3

Gさん(女性):星人、こども惹かれるものはある。
吉野さんの思念表ーカタカムナも。星はちょっと
ついてはいけない。吉野さんのカタカムナは現状での
説明がつく。飯島さんが言っていた、情報はすべてある。
アンテナで受信しているか。なぜ受信できないのかの
学びをしている。

生まれ変わりのブロックがなく、小学生のように
連続で生かされる人もいる。

ブロックを解く。アンテナで受信できるように
なることが、だれにでもできるようになる。
普通の人でもやれるようになる可能性。

150年~200年先に幸福な時代がくると
Y先生が語った。それから70~80年がたっている。
あと5年くらいで今わかっている人がなる。
20年くらいですべての人がなる。

眠っているときもさまざまなところへ行っている。
そのようなことを今しきりにやりたい。

Yさん(男性):女性が多い。転生の話に集まる。
障害を持った子は親は選べない。

Gさん(男性):イスラエルの話。
一人行動が多かった。

パレスチナとイスラエル。パレスチナは貧しい。
クリスマスの時期にパレスチナは今まで祝うことが
なかった。今年はツリーも電飾も多かった。イスラエルを
受け入れるようになってきた。いい傾向。
世界的に対立行動をやめようという流れ。
ネタニヤフは対立。新しい人がなれば融和政策となるが
負けた。対立が根深い。

嘆きの壁で強い何かを感じた。
暖かいものを感じた。歴史。

マッサダの砦、キブツに興味があった。
コンピューターも進んでいる。

イタリア人のマルセロさんが主の旅。
マルセロさんにいろいろ聞いた。悪魔祓い、秘儀
神父さんの話は面白いと感じた。「バチカンテープ」

つづく

随想 伊路波村から~聖地巡礼・霊鷲山 050120

平成十年。
インド心の旅(ピュアハートホーム五十嵐薫様主催)に参加した。
マザーハウス、死を待つ人の家、孤児院等をたずねた。
そして訪ねたかったシャカにかかわる聖地巡礼の旅に出かけた。

ガンジス河の夕陽。そして翌日のガンジス河遊覧。
白いお尻がポッカリ川面に浮かびながら
流されていくのを本当にみてしまった。

ハイライトはシャカが弟子たちと共に
最も長期間修行に励んだ山、霊鷲山
(りょうじゅせん)だった。
朝早く、警官の警護のもと、まだ暗い山を登る。
ついそれより二ヶ月程前、五十嵐さんの友人がそこで盗賊に遭い、
いのちを落としたらしい。
五十嵐さんは涙ながらに語ってみえた。

山上、シャカが座して弟子たちに話をした場所につく。
日の出を待ちながら思い思いに岩の上で瞑想をする。
そして帰山の前に野外の祭壇前に全員が
列し、同行のBさん(仏僧)がお経をあげる。
簡単な聞いたことのないようなお経に反応してか、
皆が泣いている。魂が泣いているのだろうか。

この旅を通じて、五十嵐さんが「人間シャカ」(高橋信次:著)で学んだ
シャカの実像を訪ねた場所ごとに解説してくださった。
普通の観光の旅では得られぬ感慨をたくさんいただいた。
ありがとう。インド。
この日からインドはもう一度訪ねたい国となった。

テネモスミーティング名古屋 1/25ご報告 その2

Yさん(女性):年末年始にインフルにかかった。
骨折も経験。椿大社に行って、平戸のマリアにと
直感が。隠れキリシタン。マリア。バチカンは
島原で隠れキリシタンのイメージで行った。

資料館、表向きは仏様、裏はキリシタン。
グレゴリオ聖歌、みんなで唱えれば至福感。
何か信じるものがあれば幸せ。
糸島、桜井神社の急な階段でツルっとすべって
顔から落ちた。
歯もほほもボロボロに。

Aさん(女性):スマホもって一年です。情報をすぐ
得られると思う。ユーチューブ、ブログ、フェイスブック
導入から、入っていくと関わるということって、
色んな人に出会うってことになる。
岐阜へ行って、釘本さん、Yさんのブログに書いてある
ことと同じ話を感じた。以前に飯島さんが言っていた。
漁師さんで、太平洋の真ん中で魚を腐らすと、ハエが来る。
無からハエがくる。無から有。

イスラエルツアー35人の旅。
仲間は7名。
ミサは毎回ある。
朗読と意思表明。一人一人が行う。
毎日変わる。
合唱、みんなで歌う。
初めての体験ばかり。
イスラエルと日本の関りを知りたかった。
ハードな旅。教会関係者ばかり。
買い物の機会もなかったし、少ない。
80過ぎの方4~5人みえたが無事に旅した。

Hさん(女性):あんでるせん、まさに無から有。
楽しく、おいしかった。3か月でできるといわれた
誰でも。あてられた。0-99の間で好きな数字を
言って。と言われたが途中から30ー100に変わった。
数字をイメージしてくださいと言われた。
7台の数字がイメージで、61が頭にポンときた。
70を書こうとしたら手が61と書いてしまった。
操られた感じ。

玉手箱に御酢(玄米酢)の奇酢家宝が入っていた。
まろやかで白湯に少したらすとおししい。
非常用にパスタソースとか買ってあるが、
すぐ期限がくる。無駄なものをやめなさいと
主人から言われて、今年の目標。
御酢をたらしたら生き返った。
味が戻った。
いろいろやってみます。

セロリの茎がフニュフニュだった。
バンブーしたらすぐ生き返る。
もともと元気なものはすぐ元気になる。

Oさん(男性):カタカムナの吉野信子さん。
ユーチューブでわかりやすかった。
意識が起きて始まり愛で循環する。
色んなものは見る方向が異なるだけで、
同じことを言っている。
カタカムナですべてのことを読み解く。
興味のある人はどうぞ。
数字、言葉にすべて意味がある。
現象を読み取る。波動で調べても同じことになる。

本源、根本からはずれるとさまざまなことが起きる。
一般的には外を見て比べるが、すべては中にあると気づくと
豊かな人生が送れる。
良くも悪くも、思ったことが現れる時代となった。
ワクワク人生が送れる。

Iさん(男性):お正月の初日の出、スマホで撮れず。
心拍とカメラの連携もおかしくなった。
フェイスブックに上げれず。
メッセージがくると腕に振動が来るようになっていた。
スマホの故障で少しSNS離れとなっている。取り残される恐怖。
すこし改まった状況で、切り離されている喜びを味わう。
必要な情報を取りに行けばいい。JOMO(ジョイオブミッシングアウト)
が良い。SNSを見直そうと思っている。
吉野さんとかクラリオン星のこと今日知って、SNS停まって
良かったと思った。

川崎の千葉和人さん。出身星を見立てる人。
ダウンジングで。参加者はほぼシリウスが圧倒的。
自分一人だけニビルだった。支配階級。だから
人間を人間とも思えない。
ふつうは星を思い出させないプロテクトがかかっている。
トランプは地球人。
千葉さんとまるえいさんに以前よく見える方の二人のみ
日本では地球人。

随想 伊路波村から~老いを生きる 140417

ある日の朝刊。
長く魚屋さんを営む50代御夫婦のお話。

魚屋さんの近くに大きなスーパーができることになった。
スーパーの営業のかたがスーパー内での出店の勧誘にみえた。

時代がかわりとても魚屋だけではやっていけない。
でも主人は断る。

毎朝市場へ行って、自分の目で確かめた魚を
店頭にならべた自信と体験と誇り。

「やっぱり値段ですよ、消費者はそれだけです。」
営業の方の帰り際のすてぜりふ。

ある日奥さんの前でめずらしく正座したご主人がたずねる。
「今家にいくらある?」
「ここでろばたでもやりたい。このままスーパーに
まけるのはいやだ。」

奥さんは若い頃自分の父親にむかって
「嫁さんにください」と必死だった御主人の姿を思い出し、
思わずにじりよって、御主人の両手を握りしめた。

理想をとるか、実利をとるか。
多くの人が選択をせまられているのだろうか。