快復している途上とばかり思っていた富山の
友人Kさんの突然の訃報。
その訃報を受け取る一週間前に実は23歳~24歳を
過ごした土木屋時代の現場の夢を見ていました。
6月19日の富山での通夜の日に夢に見た小杉の
高速道路の現場に立ち寄ることに。
54年という年月が過ぎていました。
あの苦難の工事の日々。
冬には毎日のように雪が降ります。
更に夏には毎日一度は必ずシャワーのような雨が。
高速道路建設の土地はほとんどが田んぼ。
その田んぼに足を入れますとひざ下20センチにまで
長靴がズブズブ。
ですから川砂を70センチほど敷き詰め、その上に
PPFシートというものを敷き詰めます。
そしてその上に土を盛り道路を完成させていくのです。
砂を毎日毎日ダンプトラックが運んできます。
新米の自分はその砂の量の検収を一台一台します。
とても厳しい監督さんになり、「あいつの検収はいやだ」と
運転手さんは口々に言っていたよう。
なぜって、最初から赤字を覚悟で工事区間を獲得するしか
なかったこれまた土木会社としては新参者のT建設だったからです。
すこしでもケチって利益を上げるんだと、変な男です。
工事現場には堰場川(えんばがわ)という川が流れていました。
その川の一般道路にある木の橋を新しく作ることが初めての
構造物の仕事でした。
その場所にはすでにその橋はなく、54年の間に小さな農道だった
道は拡幅されて二つの橋が架かっています。
懐かしい思い出の地。
左を眺めれば高速道路本線にかかる堰場橋。
最大の難工事でした。
もちろん新米にはこのような橋の監督はさせてもらえません。
助手として働きます。
この橋の工事で大事件が起こりますす。
向かって左側の橋台という橋の桁を支える構造物がこれです。
先ず穴を掘って、基礎をコンクリートで地中深くに打設します。
それから橋脚をさらに鉄筋コンクリートで構築するのです。
基礎を掘るのも大変。
なんせ掘る土は水のようにドロドロ。
ですからユンボというかバックホウというかよく建設現場で
土を掘っているような建設機械で土を掘り、流れるような
ドロドロの土の山をまた別のドラグラインという機械で
使っては遠くに土を放り投げるんです。
それも一度投げた土の山をもう一で遠方の田んぼに投げます。
ユンボが土に埋まって動きがとれなくなったり何度も。
深く掘りながら周りを鋼矢板という崩落防止の鉄の板をうちながら、さらに
H鋼でつっかいをします。
一か月もかかった基礎掘り工事。
ようやくそれも終了となりみなさんが安心した日の翌朝、
大事件を目のあたりにします。
朝、その穴の近くに置いてあったドラグラインは傾き、
なんと穴は賽の河原になっています。
無残にも鋼矢板は穴の中に倒れていて、つっかいぼうのH鋼ごと
崩落です。中にはドロドロの土が流れ込んでいました。
作業現場全体の人たちが暗い表情。
赤字の現場はさらに大赤字が間違いないことに。
所長に呼ばれました。
「もり(まだ姓は森本)、すまんがこの崩落の原因を
説明する解析レポートを今夜中に作ってくれんか」
悲惨な表情の所長です。
ところがいつも適当な自分はいいですよ!と言ってしまいました。
土を学校で専攻していたので崩落の原因が軟弱地盤であるといった
資料を持ち歩いていたんです。
ラッキーすぎます。
それで現場の土の土質試験結果はすでにデータとして手元にありましたので、
それに基づいて建設機械を穴のそばで動かした場合には確実に穴の崩落が
予想されるという小論文を朝までかかって書きました。
現場のプレハブが宿舎なので安心です。
翌朝所長は暗い表情で道路公団に調査報告と工事費の値上げの
談判に向かいました。
返ってきた所長の顔は出かけるときと全く違います。
ニコニコ顔で
「モリ!助かったよ! 金出るって」
いいかげんな論文でしたが(笑)
これで新入生は一躍スターです。
この現場の近くの団地で結婚生活が始まりました。
現場の皆さんにはほんとうによくしてもらいました。
思いでは多すぎるほどあります。
53年たっても高速道路はまだまだびくともしていない。
周りの状況がどんなに変わっても。
53年後の今はとても幸せです。
土木は終わっても、そこで教わった数々のことはどんなに
その後の人生で役にたったことでしょうか。
現場の仲間の顔が浮かびます。
所長は一番に他界しましたが
その他の方々はまだ元気です。
現場の視察を終えて、通夜です。
全部亡きKさんのおかげです。
この2年の間毎月金沢から名古屋においでになって
治療院の送り迎えと夜のお食事を息子と共に過ごしました。
まだ会社が中川区にあったころ、今の伊路波いちばをネットで
開始。
テネモスネットがご縁となった一番最初のお客様に近い。
荒子観音と前田利家の関りから、親しくお付き合いくださいました。
通夜会場に着きましたら、禅僧であるご主人からすぐ
「顔を見てやってください」
御棺に近づくまでもなくもうKさんの意識がかぶさって
むせび泣くことしかできません。
Kさんありがとう。
また逢おうね。