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亭主のビル・クリントン(元大統領)は、殺人罪については、全てかみさんヒラリーのしたことであって、ビル本人はその周辺の作業をしただけだと言うことで、殺人罪による処刑は免れ、終身禁固刑で済んだ。上手く逃げられたわけで、ケンドール弁護士のお陰である。
時の流れは速いもので、事件はもう12年前のことになる。2010年1月、カリブ海に浮かぶ国ハイチが巨大地震に見舞われ、20万人以上の人たちが犠牲になった。ハイチは世界でも最貧国の一つであるが、ここを巨大地震が襲ったのである。
この当時、ヒラリー・クリントンはアメリカ合衆国の国務長官を務めていた。彼女はハイチのルネ・プレバル大統領に連絡を取り、地震で生活が破壊された、親のない子供を支援したいと申し出た。ルネ・プレバル大統領としてはありがたい話であった。
今回のヒラリー裁判でも、検事役は亭主ビルの時と同じハニンク中将であった。彼は、法廷で先ずヒラリーとプレバルの間で交わされた、一連の電子メールでのやり取りを法廷で開示した。
この電子メールの中で、ヒラリーは「孤児の世話をするというこの度の申し出は、アメリカ政府ではなく、クリントン財団が行うものであり、財団はこの子供たちが適切な養子縁組がなされるまで、里親捜しを行う」と述べていた。プレバル大統領は、アメリカ合衆国国務長官の立場にあるヒラリーが、誠実であると信じて疑わなかった。
ところが、ヒラリーには隠された思惑があったという証拠がある。彼女は自分が責任者を務めるアメリカ国務省には一切この件は通さなかった。しかも、クリントン財団は子供たちを島(ハイチ)から連れ出すために船をチャーターし、その船はハイチで子供たちを乗せたあと、この世から消えたのである。このハイチの子供たちが、アメリカの地を踏んだ記録はない。
ここで、ハニンク中将はヒラリーに訊く。
「子供たちはどこに行ったのでしょうか?彼らは消えてしまったのでしょうか?ヒラリー、あなたが船のオファーをし、電子メール(私有メール)にはあなたの名前があり、あなたの財団が輸送の手配をしている。何か説明とか、言いたいことはありますか?」と。
審議が始まってから,一言も発していなかった彼女が、突然、「クリントン財団に訊いて下さい」と言った。
ハニンク中将は、「あなたがその財団なのです」「クリントン財団は名目だけの財団で、あなたと財団は同じ存在です」と反論した。
ヒラリーはじっと座ったまま、再び沈黙に陥った。
ハニンク中将は、重要参考人としてクリントン財団の元会計士のベサニー・グリーンバウム氏を紹介し、彼女はZoomを通じて、ヒラリーの犯罪行為を証言した。その証言によると、クリントン財団はスペインのIYCヨット会社に1週間300万ドルを支払った。ヨットはお風呂やサウナ、ミニバーなどを備えた145フィートの豪華ヨットで、「パーティーボート」と呼んでいた。
「ヨットがハイチへの航行を命じられて、その後マイアミに運ばれたことは知っています。それ以上のことは何も知りません。それ以上の質問はしない、というくらいの分別は持ってました。」とグリーンバウムは証言した。
「被告ヒラリー・クリントンはその支出を承認したのですか」と尋ねられたのに対し、「はい、そうです」とグリーンバウムは答えた。
ここで短い休憩のあと、ハニンク中将は、「イタリア当局とIYCヨット会社は米軍の調査への協力は拒否した」「私たちは協力して貰えると思ったが、拒否された。被告は絶大なる権力を持ち、しっかり保護されている女性だった。」といった。
また、「そもそも、2010年に豪華ヨットとはいえ、1週間借りる平均費用は30万ドル程度、それをヒラリーはその10倍の300万ドル支払った。何故でしょう、彼女は慈善家でもなければ博愛主義者でもない。彼らを沈黙させるために支払ったのです」と言った。
「2010年のヒラリーは、ほぼ間違いなく、この地球上で最も権力を持った女性だった。国務長官として,かつてのファーストレディーとして、事実上無限の力を振るっていた。政府関係者として彼女は、公式ルートで子供たちを救うことはいくらでも出来たはずだが、彼女はここでは、サイドビジネスを行っていたのである。
米軍が主張しているのは、クリントンは個人的な利益の為に、子供たちを人身売買していたということ、おそらくその利益は、彼女がハイチから子供たちを連れ出すために費やした300万ドルよりもはるかに多かったでしょう。これは、あなた方3人の裁判官が判断しなければならないことです」とハニンク中将は言った。
ハニンク中将は午後2時半までの休廷を命じた。