「竹のものがたり」 その9~熊ちゃんとの出会い

その方熊ちゃんこと,岩熊裕明さんは、27日日曜日の
「テネモスミーティング名古屋」終了後の
午後一時に、お約束通り現れました。

ビルの玄関を二階へとお上がりになる熊ちゃんの
右上腕を自分の左手が触れていました。

「もうこれで一体だね」

熊ちゃんが初対面なのにそっと、そうおっしゃいました。

熊ちゃんのお話ビデオがあります。

そして「夢大地」のホームページです。

お話がはじまりました。
聞き手は、ミーティング終了後そのまま居残った
岐阜のIさんそして、名古屋のこれまたIさんと、息子の
貴央さんと娘の真由美さんと自分の五人です。

にわか講演会です。

「熊ちゃんと呼んでください」とくったくがない方です。

熊ちゃんは土木技術者です。
九州の大牟田で親の代から受け継いだ建設会社を
お若いころから経営してみえました。

そしてそのお人柄から、人々の人望篤く、地域や
諸団体のリーダーをいくつも務めてみえました。

また建設関係工事の談合の総まとめ役もしていて、
お酒に強く、裏業界の親分さんも負けるほどの強さ。
社業も順調にどんどん大きくなっていった様です。

また気性もおおらかで、リーダー肌ですので、ますます
地域や団体や業界の信頼を得て、経済的にも
恵まれ、財産も大きく膨らんでいきました。

ですが好事魔多し。
順調な社業に事件が発生します。
「五億円詐欺事件です」犯人は逃げて捕まらず、
ついに会社は倒産。

ご自身のお身体は「レベル3.5」の肝臓がんに侵されていました。

しかし観音様がすぐそばにみえました。
それは奥様です。

奥様は身と精神を整え、お知り合いのお寺に修行に入ります。
そのお寺のおくりさんが、霊能をお持ちだったようです。
奥様の強い勧めで、熊ちゃんはそのおくりさんに会います。

「財産のすべてを捨てて、海を渡った地へ行きなさい。
身体が治るまでは、お金は入ってきません」

この霊言をうけて、熊ちゃんは持っていた骨董、美術品、
高価なさつきの盆栽、そしてゴルフ会員権などのすべてを
とてもお安い値段で売り払い、また人々に進呈します。
20万円のみを携えて、海を渡ります。

そして考慮の果て、愛媛県の大洲市肱川町にある山の上に
居を構えます。全くの窮乏生活です。

その山上の村が、村の洞窟で30万年前の世界最古の木炭が
発見された土地だったのです。
三軒の家があり、次の家まで2キロもあるような寒村でした。

家電は使わなくなったものを、見知らぬ人々に
お願いしてもらい受けます。
近くの地を耕し自作自農をめざします。
一平方メートル耕すのに、一週間もかかるような荒地です。

生活費は家族で一月2000円と決めます。

熊ちゃんは、啓示を受けたかのように、
「炭が地球を救う、炭だけが地球を救う」
と確信し炭焼機を考案します。
環炭君」です。
だれでもマッチ1本で燃料を使わず、半日で焼きあがります。
ステンレス製のシステムです。

そして次々に製品化します。

竹を切る時期を考慮し竹にささやきかけて、
竹を手で、のこでやさしく切ります。
チェンソーは燃料と歯の潤滑の為多量のオイルが出て
環境によくないからです。
それと竹がかわいそう。

このようなお話を、ユーモアも交えてよどみなく
二時間されました。
こちらからもだいぶ、チャチャを入れましたが。(笑)

とても心地よいお時間をいただきました。
熊ちゃんは今日、3件の出会いを予定されてみえましたので、
次の大須観音に向かわれます。

お別れの時がせまり、
熊ちゃんに話しかけました。

「中江藤樹の地、大洲肱川町の奥様に会わせてください。」

「そうなんですよ、私に会いたい人が10%で90%は
家内に会いたいと、みなさんおっしゃる」

わたしたちは大洲での再会を誓い、お別れのときとなりました。

中江藤樹が師範として27歳の脱藩まで勤め上げた
第二の故郷、大洲の肱川町はどんなでしょうか。
とてもその地を訪ねたい欲求が湧き上がりました。

昨日たまたまその奥様とお電話でお話しできました。
澄んだお声は、澄んだお心を告げていました。

中江藤樹先生が「待っているよ・・・」と、
ささやきがきこえた気がしました。

               了

おまけ、これも竹です。(笑)