「カマラハリス女史」 奥の院通信 2/20

 バイデン政権がこれからも続くとしたら、副大統領となったカマラ・ハリスの大統領就任は意外に早いかも知れない。彼女は最近、堂々と外交関係で行動し始めたからである。このほど、彼女はカナダのトルドー首相、フランスのマクロン大統領と電話会談している。バイデン大統領を差し置いての活動となっている。副大統領の身で、外国の元首と直接会談をすると言うことは、本来あり得ない。お互いに元首が会談をするのであって、副大統領はその元首に、何らかの理由があった場合に、代わりにするものである。

 しかも、カナダのトルドー首相とは、中華人民共和国(中共)に拘束されているカナダ人2人の釈放について協議しており、これはファーウェイの副会長兼最高財務責任者である孟晩秋の逮捕の問題と絡んでいるので、米中双方にとっては、極めて微妙な問題を含んでいる。孟晩秋はカナダで逮捕されたので、彼女の身柄はカナダにある。

 従って、この問題は本来であれば、アメリカ国務長官かアメリカ大統領本人がカナダ政府と協議する問題である。ということは実質的には、ハリスが既に大統領職に就いていることを意味しているのかもしれない。少なくとも、いつでも替われる体制を取ったようである。

 また、フランスのマクロン大統領とは、パリ協定復帰(地球温暖化対策の国際的な枠組み)に伴う諸々の問題を協議している。これも、トランプ前大統領が無意味として脱退したのを、バイデン政権になってから、復帰するというのである。このパリ協定は環境問題であり、ディープステートが力を入れている。彼らにとっては、これは無限に商売のネタを提供してくれる有難い課題なのである。

 しかもこの問題は、いくら金をつぎ込んでも決して解決しない問題である。金をドブに捨てることになる。 日本はバブル崩壊以降、この環境問題に金をつぎ込んできて20年、ゼロ成長を続けさせられた。現在も続けている。この度、菅首相は温室効果ガス排出量を、2050年までに実質ゼロとする目標を宣言した。日本人が働いて得たお金をドブに捨てる、つまり日本の経済成長ゼロにすると宣言したも同然である。

 カマラ・ハリスがここで直接活動を始めたのはバイデン本人の了解があってのこと、そしてその場合ディープステートの指図によるものであると言うことは、容易に想像できる。ということは、バイデンでは政権は保たないと感じ始めたディープステートが、予定よりも早めにハリスに交代させるという方針になったのではと思われる。現在既に、ジョー・バイデン新大統領はハリス副大統領から言われるままに、大統領令に署名しているとも言われている。

 カマラ・ハリスの父はジャマイカ出身アフリカ系、母はインド出身のアジア系である。39歳でサンフランシスコの地方検事となり、47歳でカリフォルニア州司法長官に選出された。この時、カリフォルニア州選出の上院議員ダイアン・ファインスタインとバーバラ・ボクサーの2人と、現在活躍中(皮肉)のナンシー・ペロシ下院議長の支持を受けている。

 そして2016年、先のバーバラ・ボクサー上院議員が引退したので、彼女が民主党の公認を得て立候補し、52歳でカリフォルニア州選出の上院議員となった。この時は、バラク・オバマ大統領とジョー・バイデン副大統領の支援を受けている。

 その上で、今回2020年の大統領選挙で56歳の若さで、ジョー・バイデン新大統領の副大統領となった。初めての女性アフリカ系アジア系の副大統領である。これはまさに、とんとん拍子の出世であり、経歴を見るだけで、ディープステートが作り出した人物であることがよく分かる。思想的には完全に共産主義者で、彼女が大統領職を継いだら、中共は大喜びであろう。トランプ前大統領の政策を悉くひっくり返して正反対の政治を行うことは間違いない。

 彼女がバイデン政権を継いで大統領になれば、選挙の洗礼を受けない大統領(副大統領からの昇格)となり、その後に選挙で当選すればカマラ・ハリスの長期政権が誕生することになる。彼女は選挙になっても、もうドミニオンなどといった選挙の新兵器があるので怖くない。そうなれば、アメリカ合衆国には今の中共と同じ国家が誕生することになり、世界は一挙に共産化する。

 こうなると、我が日本は、現在は中共の党本部奥深くにしまってある地図が表に出てきて、西日本は中華人民共和国日本省、東日本は中華人民共和国日本自治区となる。男性は大陸各地に強制移住させられて働かされ、女性もまた別の大陸地域に移住させられ、支那人青年と結婚することになり、日本人としての子孫は残されないことになる。その過程において、多くの日本人が虐殺され、民族浄化(ジェノサイド)が行われる。

 現在、目先の商売に目が眩み、中共様と諂っている日本の財界の方々は、こんなストーリーなど考えたことはないのだろうか。自分たちはその時はもうこの世を去っている、とでも考えているのだろうか。子や孫の世代の日本人のことを考える必要がある。