随想 伊路波村から~愛の中へ バラさんありがとう

この10日間は物凄かった。

なかなか、今もボーッとしてる。
バラさんから頂いたパソコンの調子が
おかしくなってから、ずっとバラさんがいた
それまでの10日間だった。

10日タカオがバラさんと会った。
それまで時々二人だけでデートしてたように。
タカオを息子のように感じてたんだろうか。

「うなぎ食べに行く。」とタカオ。
「元気になったんだーー。」とすこし心が喜んだ。

帰ってきたタカオ。
「うなぎ行けんかった。
プライナスの歌、聴きたいって。」

タカオやまわりの人が調整して、
バラさんと入院してる患者さんの
希望者だけの聴衆のライブをすることに。
14日バレンタインデーがその日。

ひさしぶりにバラさんを見舞った。
「ヤー」に笑顔で応える。
でももうおそらく肺が少ししか機能していないの
だろうか、話す言葉がかぼそい。

男性群にはチョコレートをしっかり忘れないバラさん。
細かい配慮はバラさんらしさの現れ。

プライナスの演奏が始まる。
おそらくこんなライブはもうないだろう。

生と死のはざま、すべてを覚悟した人は
純粋な波に満ちている。

「出した音が返ってきたり、スッーっと
吸収されたりはあったけど、そのままそこに
アル感じは初めてです。」
演奏後のプライナス、ヒロリーダーの言葉。

終了後、疲れたのか、バラさんは横たわっていた。
「じゃあね」の声に、
後ろを向いたまま短く手を振った。
それがお別れだった。

プライナスにバラさんから多額のお金が届いた。
いったいどこへ返すの!バラさん。

「ねえ 今の正直な気持ちを手紙に書いて、
速いうちにバラさんに届けるのがいいよ。」

そんなことがあったライブの日から二日後の
16日、訃報が届いた。

告別式の受付は友達ばかり。
丁寧にすべてが読まれた弔電。

バラさん、お姉さん、と呼びかける親しい声が
届くかのようだった。

17日通夜ではプライナスは「ラウンドスケープ」をうたったらしい。
18日告別式では「愛にふれるソング」「サンキュー」
そして「こころのうた」でバラさんを送った。
みんながバラさんを花で包む。
こんなにたくさんの涙のお別れは体験がない。
みんなが泣いていた。

あまりに速すぎる訃報に、プライナスのお礼は
間に合わなかった。

棺にヒロ君が書いた絵とみんなのメッセージを入れた。
じつは18日告別式の日の朝6時、
もうバラさんはやってきていた、そんな気がした。

プライナスは今日も金山で昼ストリートライブ。
バラさんに大きな力を頂いた。

バラさん また会おう。
パソコンずっと持っとるわ。