小学校の校門に満開の桜。
小学一年生の入学式です。
黒紋付の羽織を着た和装の母に手を引かれながら、
桜を見上げてから校門をくぐりました。
見上げた桜の色と華やかさに、強烈な印象が残りました。
その日の後、二度と母が学校という場所へ来ることは
ありませんでした。
生活に追われ、それどころではなかったのでしょう。
一~二年生の時の担任はT先生。
とてもやさしい男の先生。
教室の後ろには「良いこと競争」の桜のマークの
貼り付け台紙があります。
良いことをしたら、他の友達が先生に知らせるのです。
それから先生は良いことをした生徒の名前の下に
桜のマークを一つ貼ります。
学校での楽しみであり目標はその桜のマークが増えること。
「良いこと競争」で一番になることでした。
「人の役に立つ人間になる」第一歩です。
ある日校庭でみんなが騒いでいます。
その輪の中を見ると犬の便。
「チャンス!」
桜のマークが浮かびます。
便を見て腰を引いている友達にかまわず、ちりとりと
ほうきをすぐに取りに行って、砂に絡めてゴミ箱にポイ。
やっぱり桜のマークが増えていました。
三~四年生の担任はK先生。
今度もやさしい、ふっくらとしたきれいな先生でした。
先生は四年生の途中で結婚のために辞職されることになりました。
辞職後、お祝いにみんなで先生の家に伺いました。
「先生が他の男の人のものになるなんて。・・・」
ものすごく悲しく感じました。
おませな小学四年生の初恋でした。
それから結婚の基準は、
「この人が他の人と一緒になるのは考えられない」です。
後任の先生のときに、子供にはつらいことが起こります。
音楽の授業がありました。
ハーモニカ、しろほん、カスタネット、タンバリン。
いろんな楽器を使いました。
すべて学校の備え付けの楽器でした。
「しろほんを早く用意してください。!」先生が何度も言いました。
そのしろほんを買ってとは、母にはとても言えません。
給食費さえ払えない状況だったからです。
音楽の授業が嫌でした。
「まだしろほん持ってこないの。?」
そう先生に言われるのが嫌で嫌で。
いよいよ総合練習の日が来ました。
その日は何が何でもしろほんが必要。
こころが重くてつぶれそうでした。
休みたかったです。
その日の朝が来ました。
朝起き上がると枕元に青いビニール袋に入ったしろほん。
嬉しかったなあ。本当に嬉しかったのです。
階段を駆け下りて、
「おかあちゃん、ありがとう・・・・。」と
恥ずかしそうに声をかけました。
母も嬉しそうな顔をしました。
きっとどこかから聞いていたのでしょう。
そして買ってやれないことに、こちらより心を
痛めていたんだろうと思います。
それからもずっと物をあまり欲しがらない子供になっていました。
桜の花が咲く頃、いつも校門の満開の桜と青いしろほんを
思いだします。
できないこと、つらいことをなるべくお人に要求しないようにしよう。
大人になってからもそう思っています。
尊い母と先生の教えです。