奥の院通信から R4 4/16 「プーチンの台頭とロシアの運命」

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 1991年ソ連崩壊後、ロシア共和国の1部となったチェチェンで、ロシアからの独立を目指す運動が勃発し、武力衝突を引き起こした。1994年から1996年まで戦闘が続き、双方大きな犠牲を出したが、これが第一次チェチェン紛争である。武力に勝るロシアが敗北し撤退した。この時のロシアの大統領はエリツィンであった。

 1998年、エリツィンはウラジミール・プーチンを、ロシア連邦保安庁(FSB)長官に任命した。そして1年後の1999年彼はプーチンを首相に抜擢した。プーチンは出口の見えないチェチェンの内戦処理に尽力する。

 1998年9月4日、タゲスタンのブイナクスクで大爆発事件が起きた。大量の爆薬を積んだトラックが、ロシア軍兵士の暮らすバラックの前で大爆発を起こし、兵士、女性、子供64人が犠牲になった。悪質なテロ事件である。

 この5日後の9月9日には、モスクワ市内中心部で、大爆発事件が発生し、8階建てのアパートが被害を受け94人が犠牲になった。標的になったのはモスクワ南東部グリヤノフ通りのアパートで、この時はトラックではなく、予め1階に密かに仕掛けられた爆薬を爆発させたものであった。
 更に、その月13日にはモスクワ市内で爆破事件が起き、9階建ての建物が全壊し、121人が犠牲になった。

 ロシアでこれら連続テロ事件が発生しているさなかに、プーチンは政界に登場したのであった。ロシア国民はこれらテロ事件とチェチェン紛争で恐怖のどん底にあった。戦力の劣るチェチェンが次々に起こすテロ事件は、やはりディープステートの後ろ盾があってのことである。

 この時期、ソ連が崩壊し、15の共和国に分裂し、その中で最も大きなロシア共和国の国有企業を民営化し、その全てを国際金融資本が乗っ取っていた時期である。彼らは世界中の資源国を同じように植民地化し、資源を乗っ取ってきた。この時期、ロシアでも同じことをしようとしており、それが大成功し、ディープステートがロシアの国有企業を手に入れた。これがオルガルヒである。

 その後、プーチンはこれらオルガルヒ(新興財閥)を潰してロシアに取り戻す作業を始めた。その作業は2003年10月のミハイル・ホロルコフスキーの逮捕から始まった。彼はロシア大手石油会社ユコス社の最高経営責任者であった。

 ディープステートはソ連解体を仕組んで、上手くロシアの国有企業を手に入れたにも拘わらず、チェチェン紛争を機に、プーチンがロシアの指導者として登場し、彼がこれらの企業を取り戻しつつあるので、彼を潰すことにした。ここで彼らは最近になってウクライナ紛争を仕組んできた。
 
 従って、今回の紛争の当事者はウクライナではなく、ディープステートである。彼らはウクライナにはあらゆる援助をすることになる。特に、最近は武器援助が盛んに行われている。ウクライナとロシアの紛争は終わらない。終わらせないといった方が正確である。

 100年前に、日本が同じ目に遭った。彼らは大日本帝国を潰すべく、支那の蒋介石にあらゆる援助を提供し、日本に敵対させ、連続テロ事件も起こさせた。あの時の日本が今のロシアであり、ウクライナが支那大陸である。ゼレンスキー大統領が蒋介石であり、後の毛沢東である。

 プーチンは賢い男であるから、この歴史の流れはよく理解しているはずである。どのように今の国際情勢を予測し、どうそれに対処しようとしているのか、まだ今のところ見えてこない。日本の例によれば、彼は潰される。そうなれば、ロシアもディープステートの植民地となり、国民は今の南アやイラクのような悲惨な国家に成り下がる。

 プーチンはそれが良く分かっているので、必死に抵抗している。彼に侵略と受け取れるような行動を採らざるを得ない状況に追い込んだのは、ディープステートなのである。これはそのうち分かる。  20年前は、ディープステートはチェチェンを使ってロシアを混乱させ、あわよくばロシアを消滅させようとしたが、プーチンが現れてそうできなくなって、今回はウクライナを使ってロシアを潰そうとしているのである。