追悼 坂田道信氏 「致知」より

坂田先生! ありがとうございました。

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幾度かの坂田道信先生との出会いのチャンスが
ありながら先生の講演会との日程が合わず、ようやく
その場がいただけました。

名古屋国際会議場の一室での講演会です。

一番後ろの席で、こっくりこっくりと隣の居眠りする家内の
横で、自分は幾度も涙を流していました。

初めての出会いとなったその日、講演終了後
坂田先生のもとにかけよりご挨拶をさせていただきました。

「先生、やっとお会いできました!」

そのお声かけに先生は

「会っても何にもならんよ!」と謙遜でしょうか。

その後あっけらかんとしたその言葉の意味が
理解できずにいた自分がいました。
その年が1995年ですから、28年前になります。

そしてその数年後にやっと「会っても何にもならんよ!」の
お言葉が理解できました。
「会って話を聴くだけでわかったつもりが
多いけれど、実際に実践することが大切です」と
自分におっしゃってくださったのだと感じました。

以来28年間つかず離れず、ほそぼそと
先生の歩まれた「はがき道」の実践を続けました。
「はがき道」の劣等生です。

そして「はがき道」の道友が全国各地で開催される
「はがきまつり」には数えるほどしか参加せず、
近隣の「はがき道」の実践者と共に「読書会」を
開催させていただいて25年ほどになります。

名古屋においでの際にはお声がけをいただき、
幾度も先生の運転手をさせていただきました。

先生は近年体調を幾度も崩されながらも、全国を
奥様の宣穂様とともに行脚されていました。
特に令和4年の10月からは名古屋にたびたび
おいでいただく機会に恵まれ頻繁の出会いを
賜りました。
ご紹介申し上げた名古屋の「太道治療院」に
治療に出向かれるための来名です。

その治療のため来名された令和4年の11月21日
その日は森信三先生の祥月命日だと気づかれた坂田先生
ご夫妻を緑区の森先生のお墓へとご案内しました。
お墓の前で「般若心経」を三唱させていただいた時
坂田先生ご夫妻は御経の終わりの頃共に慟哭されました。

先生が自分の前でお見せになった初めての
お姿でした。
自分の眼からも幾筋かの涙が溢れていました。

その後いつものように鶴舞の「気晴亭」で
ジャージャー麺を食べられ、「太道治療院」の
で施術を受けられ、広島への帰途に就かれます。

名古屋駅までお送りさせていただき、車を
降りられた坂田先生になぜか思わず抱きついていた
自分がいました。

魂のお別れでした。

その後も幾度も名古屋でのお出会いの機会を
いただきました。翌令和5年の1月31日には
「致知出版」の藤尾社長との面談の機会をいただく
予定でしたが、その以前に体調を崩され入院。
およそ40日間の入院生活の後、この3月10日には
退院され、自宅での療養5日目に奥様との
お別れとなりました。

「生きるとは、心をきれいにすることです!」

先生の甲高いお声が耳に響きます。

先生に恥じないようにできることを
続けます。

先生ありがとうございました。

またお会いしたいです。

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