2709「母の願い」2022.5.26 自分で自分を自分する

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今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年05月18日の「母の願い」と2022年05月22日の「二億パーセント大丈夫」の2つの記事を紹介します

「母の願い」

今日は、小児がんで亡くなったお子様を持ったお母様の手記です。

お子さんを夭逝(ようせい)された親御さん

今まさに、親子関係で悩んでいる親御さんにお送りします。

<引用開始>

私は母親です。

出産後、まもなく子どもが小児がんだとわかり、入院生活が始まりました。

小児がんの中でも難しい症例で、

1歳の誕生日を迎える事は難しいだろうと言われました。

厳しい闘病生活も、何も知らない赤ちゃんって すごいです。

普通に笑って けろっとしてました。でも、すごく頑張ったけれど病気は治らず、

息子は、たった1年半で この世を去りました。

息子の最後の一ヶ月は痛みとの闘いでした。

わずか一才の息子に モルヒネを飲ませるなんて、、、

亡くなる直前、腫瘍は全身に転移して昏睡状態になりました。

動けない息子の体をなでて、大丈夫だよ、大好きだよって、

ばかみたいにそればっかり繰り返しました。

アンビューで自発呼吸が戻らなくなった頃、

「お母さん、最期に抱っこしますか?」と聞かれました。

うなずき息子の体を抱き上げました。

お腹は腹水で ぱんぱんに膨れ上がり、腫瘍熱で体は40度を超すほど熱く

手足は氷のように冷たい、小さな体を抱いた。

よく頑張ったね、私をあなたのお母さんにしてくれて ありがとう

あなたが生まれてきてくれた事は、私の人生で一番の幸せだったよ

大変な事もいっぱいあったけど、ほんとに楽しかったよ。

助けてあげられなくてごめんね。 

偉かったね。ママの自慢のショウタ。

生まれてからたった1年半。そのほとんどが闘病でした。

髪の毛も、まゆげも、まつげもつるつるになるほど治療したのに、結局治せなかった。

あんなに苦しい思いをさせて ごめんね。

私があなたを産まなければ、あなたがこんなに苦しむ事は なかった。

だけど、勝手でごめんね。きっと運命だったんだって思うんだ。

あなたに出会わない人生なんて絶対なかった。

私は本当に、本当に あなたの事が大好き。

あなたのママになれて、最高にハッピーです。

火葬の時、あなたの体を担いで逃げようと本気で思ったよ。

人の目ばっかり気にして生きてきたけど、誰に何て言われてもいいって、初めて思った。

だけどあなたの体を見て、あぁ、もうここには居ないって、すとんと何かがわかったの。

骨になったあなたと家に戻り、骨壺を開けて ひとかけら食べちゃった。

また一つになりたかったのかな。母親の愛情ってすごいです。

親って、子供が思うよりも未熟で、みっともないくらい勝手だから、

子供の立場から見ると、腹が立つ事も多いと思う。

無事に生まれてくれればって思ってたのに、五体満足で生まれてしまえば 

今度はどんどん欲が出てくるんだよね。

だけど、子供を生んだ時、その子を初めて抱いた時のことを忘れる母親はいないと思う。

子供を置いて出てったとしても 認知症で記憶をなくしたとしても、きっと、いつか見た幸せな夢のようにずっと体に染み付いてる。

どれだけその命が祝福されて生まれてきたか、

生きていてくれる事が どれだけありがたいか、

もし、ここをみてる あなたのお母さんが、そのことを伝え忘れているのなら、

私が代わりに言わせてもらいます。

生まれてきてくれて、ありがとうね。私をあなたのお母さんにしてくれて ありがとう。

かわいくてかわいくて仕方なかった。

あなたが笑ってくれたら、それだけで疲れなんてとんでったよ。

生きていてくれてありがとう。あなたは、私に対して後悔なんてする事ないんだよ。

なんにも心配しなくて大丈夫。幸せになる道を選んで生きてください。

あなたの幸せが、なにより私の幸せです。

<引用終了>

親より、早く亡くなることを「逆縁」と言います。

ですが、それにも目的があるのだそうです。

その死によって、親の進む道を変えること。強烈なショック療法ですね。

生まれる前に、お互いに約束して、この世に出て来るのだそうです。

縁あって結ばれた家族という絆、見た目や、一時の態度、そこだけに捕らわれることなく、内に秘めた本当の心の思い、魂 、生まれる前に交わした約束、

優しい気持ちで見守ってあげたいですね。

お互いが天国に帰った時、その深い深い意味に気づくことでしょう。

神さまの深い采配に感謝の気持ちが起こることでしょう。

どうぞ、お子さんのために、日々、感謝の心でお過ごしください。

お子さんが先に亡くなったとしても、生きているお子さんが

お母さんの思うように育っていないとしても・・

子供たちはお母さんの笑顔が大好きなのですから。

子供たちはお母さんに幸せになって欲しいのですから・・

「二億パーセント大丈夫」

今まさに、どんな逆境に置かれていようと、どんな辛い病気であろうと、貧困の淵にあろうと、そんなことはお構いなしに、周りの環境は、どんどん変化しています。

・悪く見える方向にも

・良く見える方向にも

一瞬たりとも、同じ状態であるものは、この世に存在しません。

その状態の変化、環境の変化

それらが何によって方向付けされるかといえば、全て、私たちの心です。

あなたの心は、洗われていますか?

それとも、どす黒い憎しみに覆われていますか?

今の心の状態に従って、少しづつ、運命は動いていきます。変化していきます。

中間世記憶、つまり生まれる前の記憶を持つ子供たちが、話してくれた通り、

私たちの今の人生を、魂のレベルから見た時、

・どんな辛い環境の中であろうと

・病気であろうと、

・貧困の中にあろうと、

・孤独の中であろうと

全ては、私たちが生まれる前に計画して来た通りの状態であり、

そして、それは神さまの承認を得て、生まれて来たのだそうです。

今日は、非常な逆境の中で生きる、一人の女性のお話です。

これも、やはり魂の醍醐味を味わうため。

魂の成長のための、あえて選んで生まれて来た苦難であると分かります。

母を救った娘の言葉

・知的障碍のある長男の誕生、

・夫の死、

・そしてご自身の大病。

度重なる試練に見舞われ、悲しみのどん底に沈んだ岸田ひろ実さん。

今日は車いす生活になり、絶望を感じていた岸田さんを救った

娘さんの言葉をご紹介します。

<転載開始> 転載元

ある日、娘が車椅子を押して私を街に買い物に連れ出してくれたんです。

目的の店はすぐ目の前なのに、車椅子では遠回りしないと行けないというようなことが

、いかに多いかを、この時の外出で初めて実感しました。

それともう一つは、人の目線ですね。

どこに行っても「うわぁ、かわいそう」といった目で見られてしまう……。

「車椅子で何とかなると言ったって、 何ともならないじゃない」

という感情がワッと込み上げて、

一所懸命に頑張ってきたものが音を立てて崩れるようでした。

それが本当に辛くて、レストランに入った時、

「もう無理」と思って初めて娘の前で泣きました。

「こんな状態で生きていくなんて無理だし、母親として、してあげられることは何もない。お願いだから、私が死んでも許して」って。

――娘さんは何と?

「泣いているだろうな、死なないでって言われるんやろうな」

と思ってふと見たら、普通にパスタを食べていました。

そして

「知ってる、知ってる。死にたいんやったらいいよ。一緒に死んであげてもいいよ」

と言ったんです。

続けて

「でも、逆を考えて。もし私が車椅子になったら、ママは私のことが嫌いになる?

面倒くさいと思う?」

と聞きました。

「思わないよ」

「それと一緒。旅行に行きたかったら行けばいいし、歩けないなら私が手伝ってあげる。 

二億パーセント大丈夫だから、私の言うことを信じて、もう少しだけ頑張ってみようか」

と言ってくれたんです。

私の生き方や考え方が大きく変わったのはそれからです。

<転載終了>

「逆境は真実への第一歩」と言われています。

自分が経験したことのない痛みや苦しみは、本当に理解してあげることはできません。

・親が離婚した子供の悲しみは、親の離婚を経験した人にしかわからない

・子供を亡くした親の悲しみは、子供を亡くした親にしかわからない

・多重債務や倒産、破産、一家離散の苦しみは、それを経験した人にしかわからない

・過ちを犯してしまった人の苦しみは、同じ過ちを犯してしまった人でないと、わかってあげることはできない

同じように

「その苦しみや悲しみから救ってもらった時の『人の情けのありがたさ』も、

苦しみや悲しみから救ってもらった人にしかわからない」

子供でも大人でも、救いや指導を必要としているのは

今まさに、苦しみや悲しみを伴う逆境の中にいる人達。

逆境を突き抜けたところに、自分にしかできない 生きる道がある のかもしれません。

今まさに、自分は逆境の中にある

そう感じている方、

そんな人こそ

「同じような過ちや逆境の中で、

同じような苦しみや悲しみを背負っている人たちに声をかけ、

手を差し伸べる人」なのかもしれません。

そのために、天が試練を与えてくれてるのかもしれません。

その中にこそ、私たちが、この世界に生まれて来た目的があるのかもしれないですね。

もう一度、この試練を生きる糧に変えた母と娘の、本物の笑顔の写真を見てください。

もしかしたら、もしかしたら、 私たちの、その目の前の試練は、

とてつもなく大きな神様からのギフトなのかもしれません。