致知出版社 一日一話 読めば心が熱くなる・・ 第二弾 22 「人が育つ三つの条件」

田中 繁男 実践人の家理事長

 森信三先生のお話を生徒の親御さんたちにも聞いてもらいたいと思い、PTAの講演にお呼びしました。
 その時のお話も私の意表をついたものでした。森先生は水差しの水をコップに入れて、つぎのようなお話をされたのです。
 コップは上向きにしないと水が入りません。それと同じで、教育は子供の心を素直にするという受け入れ体制が大事です。朝、起きたら「おはよう」とあいさつをさせる。次に「ハイ」と返事をさせる。それから履物をそろえさせる。子どもにやらせようと思っても難しいことだから、親から先にやる。そして、「これが私の一代の学問の結実です」ということをいわれました。一生かかってやってきた学問の結論が、コップを上向きにすることだと聞いて、私は大変に驚きました。

 森先生は人が育つには三つの条件があると言われました。
 第一は「素質」です。素質が第一の条件だと聞いた時。私は首をかしげました。素質がなければ人は育たない。しかし、森先生がそのようなことをいわれるはずがない。
 そこで、私は次のように考えました。大体の人は私が感じたように、「そうか、やっぱり自分には素質がないから駄目だ」と思ってしまうでしょう。しかし、いよいよだめだというところまで本気になってやってみなくて、自分に素質がないと判断してよいものだろうか。このように先生はいわれたのだと思いました。
 森先生はたびたび質問をすると、「そういうことはご自分で考えてください」といって怒られる方でした。「素質とはなんですか」と質問すれば、きっとそういう答えが返ってくると思ったので、私は一人で考えたのです。
 二つ目が「逆境」です。これはだれにでもやってきます。むしろ、人より自分の方が恵まれていない、と思う事のほうが多いかもしれません。しかし、そういう苦しい時に自分ができるのだといわれるのです。
 三つ目が「師」です。本を読んだりいろいろな人の話を聞くのもいいが、できれば生きた人から直接声を聞く。そして「この人こそ私の先生だ」という人を、一生かかって探しなさいといわれました。
 幸い私はゴミを拾えといわれたときから、この人を私の一生の先生にしようと決心をしました。何も高名な学者である必要はない。「この人からこう学ぶのだと」と決めた人に、できるだけ接して学ぶのです。
 ある人から次のようなことを聞いたことがあります社会的地位も高く、かなりの年齢の方から、森先生を紹介してほしいと頼まれたので、先生にその旨を通じると、「その方の先生はどなたですか」と聞かれました。特に師とあがめている人はいないといわれたので、そう答えると、「その年になって先生がいないというような方とはお話ができません」といわれたそうです。