致知出版社 一日一話 読めば心が熱くなる・・ 第二弾 3 「私を目覚めさせた母の一喝」

原田 隆史 原田教育研究所 社長

 奈良教育大学で中学の体育教師の免許を取得し、初めに赴任したのは大阪市最大のマンモス校でした。生徒千六百名。教員百名体育の教師だけでも僕を含めて八名もいる学校です。当時は非常に荒れていて、生徒の服装は乱れ、校内にはたばこの吸い殻が落ちており、僕も初日からえらい目に遭いました。グラウンドから校舎に入ろうとした瞬間、三階の窓から僕をめがけて椅子が落ちて来たのです。間一髪で当たらずに済んだものの、当たっていたら当然死んでいた。そういう悪事を平気で働く生徒がいたのです。

 授業以前に生徒たちの生活態度を直さなければならない。そう考え、登校時に校門に達服装チェックをし、反抗的に向かってくる生徒に対しては真正面から厳しく向き合い続けるうちに、ジョジョに校風に変化を感じていきました。

 ところが赴任三年目、二十五歳の時、教師人生を揺るがす大事件が起きました。受け持っていた生徒が、あろうことか両親によって殺されてしまったのです。少年の家庭内暴力に思い悩んだ末に、少年が寝ている間に両親が殺めてしまったという悲劇・・・。この衝撃的な事件はマスコミでも大きく報じられ、「教師や学校は何をやっていたんのだ」と集中砲火を浴びました。

 その結果、落ち着きを見せ始めていた学校が再び地獄模様になりました。生徒たちが学校のガラスを割る、教室にペンキをぶちまける。女性の先生が殴られる。多くの先生がストレスで学校に来られなくなりました。そして、遂に、僕も髪の毛が抜けてしまい、三十八度の熱が出てしまったのです。

 フラフラになりながら自宅に戻り、母に学校を休む旨告げました。母もこの惨状を知っていたため、当然僕は優しい言葉をかけてもらえると期待したわけです。ところが母はなぜか、黒のマジックペンを持ってくるではありませんか。そして、そのマジックペンで塗り始めたのです、僕の髪が抜けたその箇所を。

 びっくりして言葉も出ませんでした。恐る恐る顔を挙げると母は涙を流しながら言いました。
「あんたは教師を辞めようとしているやろ?顔に書いてある。あんた、よう聞きや。辛いことがあったからといって仕事を変えたところで、新しいプラスの芽が出るのか?違うやろ。自分を変えなさい。自分を変えない限り、仕事を変えても一緒やで」

 母の泣き顔を見たのは後にも先にもこの時だけです。普段はマザー・テレサのようにやさしかった母の一喝で覚醒し、一念発起して再び教師の仕事に向き合うことができました。

 やはり、困難に直面した時にやさしい言葉をかけても人は育ちません。難しくも本気で向き合ってこそ成長を遂げ本物になるのです。この出来事が私の教師としての原点であり、母は最大の教師です。