「低層四次元1」2021.3.10 自分で自分を自分する

今回は「宇宙の中心で愛を叫ぶ」さんの2021年02月26日の「低層四次元と日本のDS」前・後編の記事を2回に分けて紹介します。

https://ameblo.jp/riyanmichaki/entry-12659092569.html

低層四次元と日本のDS(前編)

みなさん、こんにちは。澤野大樹氏青森講演会主催 小野裕美子です。(途中略)

講演会直前に出された第⑦回タイトルが、『低層四次元と日本のDS(ディープステート)』

現在、起きている事象は、澤野氏が話していた通り、太古の昔に本当にあった、再現・実写のワンシーン。よく知っている歴史ストーリーの実写版です。空恐ろしいくらいに、もはやオカルトの範疇を超えているということです。私たちは巧みなマジックにはまり、勘違いしているということさえ気付かずに過ごしていました。

さらに、弘前は相当覚悟のいる場所なんだと改めて感じました。これまで学んできたとおり、弘前は封印が深いし催眠も深い。

そして、私たちが見聞きしていた、有名な歴史、神話の錚々たるメンバーが、今、この時代に生まれ落ちている。そして、まさかの嘘のようなことにも、罠がかけられていた。

それは本当のことだった・・・私は震えが止まりませんでした。あの時代にあったことをまるで体現したかのように、プレイバックしていたのです。言葉で伝えるのは本当に難しいのですが、無知だったが故に愕然となりました。

果たして、いったいどのくらいの規模で破錠が巻き起こるのか見当もつかないし、そもそも私たちはそれをすんなり受け入れることができるのでしょうか。

しかし、明らかに今、‟彼ら”の夢は「焼け野原」となっている。

 前置きが長くなってしまいましたね。さて。みなさま、お待たせいたしました。

澤野大樹(さわの・たいじゅ)氏に登場していただきます。青森講演会活字版⑦では語られなかった内容を今回もインタビューでお聞きしてみました。

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「軍事作戦と半旗」 奥の院通信 R3 3/10

https://okunoin.fc2.net/blog-entry-503.html

アーリントン墓地に半旗が掲げられた。マー・ア・ラゴにも半旗が掲げられた。
 アーリントン墓地は、アメリカ合衆国の戦争で亡くなった兵士が埋葬されている、戦没者慰霊施設である。ワシントンDCの西を流れるポトマック川を渡ったすぐのところ(バージニア州アーリントン)にある。ここに半旗が掲げられた。

 マー・ア・ラゴはフロリダ州パームビーチにあり、トランプ前大統領の別荘があることで有名である。トランプが外国の要人を招いてゴルフなどしているのでよく知られている。ここでも、この度半旗が掲げられた。

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神の使者から奇跡の道へ その44~実相世界とは、この世界の唯一の目的は・・

「実相世界とは、この世界の唯一の目的は
赦しだと見られている心の状態である」

何のために世界はあるのでしょうか。

その世界の目的は「赦し」とは
どのようなことなんでしょうか。

赦しとは、癒しであり救済とあります。
癒しというとすぐに肉体の?心の?と
疑問です。
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神の使者から奇跡の道へ その45~あなたがそれを不当な贈り物とみなしている・・・

「あなたがそれを不当な贈り物とみなしている
間は、それはあなたが「赦そう」としている
罪悪を支持するものとならざるを得ない。
正当でない赦しは攻撃である」

ようするに「赦したるわーー」とやけになって
いること。?
赦したるわーー(名古屋弁)は不当だなって
心の中に残っていることですね。
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「現成公案2」2021.3.8  自分で自分を自分する

http://tenmei999.blogspot.com/2021/03/2264202138.html

アメーバ式生活法

(本文)

これにところあり、みち通達せるによりて、しらるるきはのしるからざるは、このしることの、仏法の究盡(きうじん)と同生し、同参するゆゑにしかあるなり。得処かならず自己の知見となりて、慮知にしられんずるとならふことなかれ。

(講義)

『これにところあり、みち通達せる』というのは、いのちが『行』と『法』というあり方を実現している時ということです。つまり、おシャカさまのように人生を歩めている時、ということです。

その時、その人にはどんな風景が立ち現われているのか。パーッと視界が広がって、何もかも見通しになって、計算通り行動できるようになるのでしょうか。道元さんはそうならないとおっしゃるわけです。

『しらるるきはのしるからざる』ようになると書いておられます。これは、『知らるる極きわの著しるからざる(ハッキリしない)』という意味で、つまり、何にも分からん、何にも見えない、聞こえない、ただ次々やってくる出会いに反応しているだけだというのです。

ここを、私は『アメーバ式生活法』と名づけています。アメーバには眼もないし、耳もないし、頭もありませんね。ただ触覚だけがあって、体に触れてきたものに対して反応して生きてゆくだけですね。

つまり、『法』と『行』になり切れるようになれば、頭や眼や耳をフル回転させて、すべてをまず見通せるようになって、パチパチそろばんをはじいてから行動を決定する、なんていう必要はなくなるのです。

ただ、わがいのちに触れてきたモノゴトだけを処理してゆけばいいんですね。
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