神の使者から奇跡の道へ その82~神の強さを自らの内に・・・

「神の強さを自らの内に自覚している者たちは
戦いというものを考えることさえできない」

すぐ戦って勝とうとしてしまったり、
すぐに裁こうとしがちですね。
過ちも、善も悪も、正も邪もないのに。

信じられませんが、ほんとうは完全無欠であるすべての人は
そのようなことを考えますと、自分の完全無欠性を
失うだけですね。

戦って勝ち取れるものは、ただの肉体に関するものだけ。

自分が一切を持っていることを知っている者は、
制限することなど追及しないで、肉体が提供するものに
価値を見出すことはありえませんね。

父の目的を共有し、それを自分のものと知る者たちには
一体何が与えられているのでしょうか。

きっと彼らには何も不足していないし、いかなる
種類の悲しみも考えられないのでしょう。

そして彼らの愛する光のみが自覚され、愛のみが
彼らの上に輝く。
それが彼らの過去であり、現在であり、未来であり
このすべてが同一で、永遠に完全で、全一に共有されている。

さらに彼らは自分たちの幸福がどのような変化にも
みまわれないと知っているのでしょうか。

「神の強さを自らの内に自覚している者たちは
戦いというものを考えることさえできない」

神の使者から奇跡の道へ その83~特別性とは、自分以外の・・

「特別性とは、自分以外のあらゆる人に対する
信頼の欠如である」

特別性と言えば、全ての人のこと。
全ての人を判断してしまう心は、
人に対する信頼の欠如。?

「小声でささやかれた気に入らない一言や、
都合の悪い状況や予期せぬ出来事だけで、
自分の世界が動転し、混沌の中に投げ込まれて
しまうほど、傷つきやすく、攻撃されやすい
存在はあなたではない」

真理はそんな脆弱ではありえませんね。

人の中のキリストは微動だにしないし、
彼は自分の愛するものを見て、
それが自分自身だと知っていますね。

そして地上のすべてのものについての
識別法となるのは、単に、
「それはなんのためなのか」という問いのようです。

全てのことやものは自分へのプレゼントだと
確信さえ出来れば。。

もうすぐ。

「特別性とは、自分以外のあらゆる人に対する
信頼の欠如である」

テネモスミーティング名古屋 令和3年1月16日 ご報告 その2

Oさん(男性):すべてはエネルギーという視点で
ものを見るということを、他人に伝えていきたいと
思っている。
そうすると「自分の状態」がわかってくる。
マイナスとエネルギーがわかるようになってくる。
自分の中から変えていける。
食べ物も同じように選択確認できる。
何らかの方法で自分で調べることが可。
Oリングで調べて、よいか悪いかを判定できる。
見えないものの認識で自分と世界観が変わってくる。

Y:枕の位置は「東貧西寿南病北息」
西向きと北向きがいい。北枕の場合と
南枕の場合でOリング比較するとわかる。
また人が立っている周りを他の人が右向きに回ると
Oリングチェックで強くなり、左回りだと
弱くなる。
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つれづれ 令和三年 初春

初春の一月中旬のある日、
猿の惑星のようなこの国を歩いて、
東京に行きました。

テネモスさんの皆さんは明るい!。
大丈夫です。
「柊」(ひいらぎ)さんのお料理は相変わらず絶品です。
ラーメン、中華も作るとか。

夜は関東ではナンバーワンだと感じさせる
フランス料理のパリセチエムさんで宴会。
幸せ過ぎます。
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「母子の絆」 自分で自分を自分する 元気アップ天命塾

今回も「いっぷくからありがとう」さんの2021年01月13日の記事を紹介します。

母と子の絆

子供の虐待、育児放棄など、子供にまつわる悲しい事件が多く起きています。家族は、人間関係を通じ、魂を磨くために神様が作ってくださった基本となる最小の単位です。

そこの部分を大切にすることで、私たちの魂は磨かれ、輝きを増していきます。

今日は小林多喜二のお話をご紹介します。以前書いたこともあったのですが、別の切り口でご紹介します。

<引用開始> 引用元

昭和の初め頃、小林多喜二という人がいました。「蟹工船」という小説を書いた作家です。

この小説は、蟹工船つまり蟹の缶詰を作る船の中で働いてる女性たちが、もう本当に低賃金でお金をそんなにもらわないで、そして労働が激しい。

その様子を小林多喜二は、あまりにも可愛そうだからと小説に書きました。ところが何か国を批判したと何かで、とんでもないことになって小林多喜二は警察に捕らえられてしまいました。東京の築地署というところの監獄に入ってしまいました。

ほかにも何かあったのでしょうけど、とにかくそれが理由で彼は監獄に入りました。 頭は剃られ、いつも竹刀で打たれ、大変毎日毎日苦しい生活を強いられました。

ところが小林多喜二を指導していた憲兵・警察の人が「もうそろそろ命がこいつは無いだろう、もうすぐ死んでしまうのだから、最後にお母さんだけ面会を許そうではないか」という事になりました。
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神の使者から奇跡の道へ その84~知覚とは、自分自身が・・

「知覚とは、自分自身がなりたいものや、
住みたい世界や、自分の心が充足し満足すると
思える状態についての選択」

結局、自分の心が望んでいる状態が今。?
え~~??!!
こんないやなことも。?

なのですが、そのいやなこと、いやな出会いも
実は自分のすがた映してくれる貴重な贈り物
なんでしょうか。?

ところが逆に自分が見ている世界から何らかの
満足を得られるという希望を、依然として
抱き続けているのなら、大変に奇妙なことでもあります。

何故なら、知覚の基本的な法則は、
「人は自分が見るものを喜ぶ。
人は喜ぶために見るからである。」

見るものに対して、苦しみと罪が喜びをもたらして
くれるとあなたが信じている間は、
あなたが見るべくそこに存在し続けるようです。

「あなたが神のための手段である。
あなたは神から分離してはおらず、
神の生命と別の生命をもっているのでもない。」

神我顕現の道が人生。?

「知覚とは、自分自身がなりたいものや、
住みたい世界や、自分の心が充足し満足すると
思える状態についての選択」