再録 ある道のり10~三つのお別れ~

今までの人生、青年期身近に若くして逝った人々が3人います。
中学校時代 、虫垂炎がこじれて あっという間に
旅立った Tくん。
ひょうひょうとして 物怖じせず、野球部ではキャチャー。
あんなに元気だったのにと 死を身近に感じた 初めての
体験でした。
小学校時代から 仲がよくて 「こうちゃん こうちゃん」と
いっては、よく彼の家に遊びに行きました。
手術して、その日に亡くなったと聞いて、呆然として
信じられなかったです。

そして二人目は 大学時代の友人これもT君。
教養部時代20歳になったばかりのことでした。
「T君 死んだよ 交通事故だって」
とても男前で教養クラスでもリーダー的な存在でした。
他校との合同ハイキングも企画したりして、
女性に絶大な人気の やさしい方だった。
尺八が趣味だったりして 古風でもあったんです。
そのとき、これで二人目だとフ・・と思ったもんでした。

そして3人目は大親友で幼馴染、町内のSクン。
彼の死もまた突然でした。
あまりにも深い大きな衝撃でしばらくの期間、
ボーっとしてました。

若い人の死はいったい何を意味するのか、
今だからなんとなくわかります。

Sくんは家庭にも健康にも恵まれず、だからといって
嘆くこともなく、静かに30年を生きた人でした。
  
「S君懐古」

一才年上のあなたは、中学時代・高校時代を通じて、
そしてあなたが天国に召される迄の約十五年間の友人でした。

あなたが町内に引っ越してきた頃、中学生のあなたはとても真面目にみえました。
M高校に受かったと聞いて、良かったなと思いました。
それまであなたとは話をあまりしたことなくて、
又それにあなたはなにより異常なほどおとなしい人でした。

しばらくして高校二年になったあなたが高校をやめたと聞きました。
みかけるあなたの頭の髪は殆どなかったようでした。
あなたに一度もやめた理由を聴いたことは、とうとうなかったですね。

高校生になってアルバイトでペンキ屋さんのあなたの家の仕事をしました。
それからおつきあいが始まりました。
港区のチップ工場で一緒によくプレハブの戸を塗りました。

下塗り専門はもちろん僕で、あなたが仕上げです。
相当に腕をあげたなと自負していた頃から、いよいよ別荘地での
プレハブ塗りに仕事がかわりました。
一緒にいろんな場所に行きましたね。
静岡・長野・岐阜。
泊りの時はまるで遠足のようでした。
ギターを持ってあなたとサイモン&ガーファンクルをハモリました。
東京へ出てデビューしようかとまじめに話したりしましたね。

大学進学と同時に別れの時がきました。といっても僕の方の引っ越しです。
それでもよく豊山町の家へ来て下さいました。
二人が一緒にいても何もお互いかまわないものだから、
みかねて亡き母が「もっとS君と話さなきゃ」とよく言ったものです。
でも黙っていても安心でした。

今の家内と結婚できたのもあなたのおかげです。
京都の大原や神戸、そして東京下高井戸の彼女の下宿迄車でつれて行ってもらいました。
「僕は寝てるから」と、彼女との東京でのデート中、
あなたはダイハツフェローの中で8時間も寝てました。
東京でのその日、結婚の約束をしたのでした。
22歳の夏のできごとです。

その帰り道、北へ上った日本海、新潟の海で、車の陰で素っ裸になって
歓声をあげながら二人で海へ飛び込みましたね。

二度目の別れが来ました。
卒業して就職が東京になったからです。
「きっと外国旅行一緒にしようね」が僕らの約束でした。
それから忙しさから随分長い間あなたのことを忘れてました。
風の便りであなたが家を出て豊田にいると聞いてました。

ある夏の帰省中あなたに豊田で逢いました。
一緒にあなたの寮で泊まって。
翌日、常滑に行きましたね。
常滑で「ちょっと待ってて」と言われて、車の中で待ちました。
あなたは女友だちのところへ行っていたんですね。
一緒にでてきました。
三人で競艇しましたね。
僕らは殆どいつも何も話さないけれど、その日も同じでした。
女友だちと別れの時がきて、長い間あなたは話し込んでいましたね。
戻って来てからのあなたはいつもよりもさらに寡黙でした。

理由があって僕は土木会社を退職し、名古屋に戻りました。
もうあなたとは随分長い間逢っていなかったです。
仕事を替わる隙間の期間にヨーロッパへ一人旅しました。
約束だったのに・・、あなたに声をかけることもせず … 。

そして二十九才の時会社を創りました。
その年に会社のほうへ兄から電話がありました。
「S君が危ない状態だ」と。

A病院の緊急治療室にかけつけました。
無菌服に着替えて、意識のないあなたに逢いました。
きれいな顔でした。
それから三日後あなたは逝ってしまいました。
好きなマージャンをやった帰り道の深夜、
パチンコ屋さんの前で車にひかれたのですね。

葬儀の日、加害者のまだ若い営業の方は後の方で青ざめていました。
声をかけてあげました。
「仕方ないから」って。
あなたはきっと見ていたでしょう。
あなたならきっとその方にそう言ったから。
生涯を通じてあなたは一番近い友人です。
今でもです。

あなたに何度でもいいたい。
随分貧乏な僕の面倒みてくれたね。
いつも誰にでもやさしかったね。
人の悪口絶対言わなかったね。
いつも黙って見ていてくれたね。
一人で旅してごめんね。
つらかったろうね頭のこと。

あなたが逝ってしまってから42年が経ちました。
でもいつもあなたはこうして生きています。
そして何よりあなたの残した想いは胸の中で、
生きているかぎりずっとあります。

ありがとうS君  ありがとうS君。