神の使者から奇跡の道へ その25~休息は眠ることでなく・・・

「休息は眠ることでなく、目覚めることからやってくる」

息をしていると、人間は一日3万くらいの
案件を決断しながら生かされているとか。

黙想する時でも、じゃんじゃんと想念が
湧き上がってきます。

これじゃ眠ることが休息と感じますね。
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神の使者から奇跡の道へ その26~自分自身を愛のない存在として・・・

「自分自身を愛のない存在として見ることを
選ぶなら、あなたは幸せにならない」

「愛」というとなんか恥ずかし。
大和の国の人たちにとっては「慈悲」のほうが
しっくりするかもしれません。
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神の使者から奇跡の道へ その27~大切なのはパートナーが・・・

「大切なのはパートナーがほんとうは身体ではなく
キリストだという気づき」

特別な関係でもそれが幻想だとなると
本当かな。?ってなかなか信じられません。

感官はかなり手ごわいですね。
イエスだってちゃんと奥様がいらっしゃったのですから。
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神の使者から奇跡の道へ その28~もし兄弟たちがあなたの一部であり・・・

「もし兄弟たちがあなたの一部であり、その彼らを
あなたが自分の剥奪感のゆえに責めるなら、
あなたは自分自身を責めることになる」

誰もすべての人を兄弟とは思えないかも
知れませんね。
誰をも非難しないどころか、一日の中で
何度他の人を裁いていることでしょう。

今朝犬の散歩中、街路にウオッカかなんかの瓶のかけらがいっぱいで、
数メートル四方に飛び散っていました。
靴を履いた人なら大丈夫ですが、素足の犬なんかは
傷をしそうでしたので、大きなかけらを犬の
糞を入れる袋に入れました。

瓶を誤って落としたのでしたら、あんまり飛び散る
ようなことはないのですから、多分何か相当
怒って瓶を思いきり街路にたたきつけたのでしょう。

その方の思いが飛び散ったガラスのかけらに
こもっているかのようでした。

少し後で犬と家に戻りました。

家内に報告です。

「歩道にすごくガラスが飛び散っていたんだよ。」

「エー!! 悪い人ねえ。」

「悪いかどうかわからんけど、なんか腹が立ったんだろうね。
ものすごく飛び散っていた。・・」

そのあと朝のコーヒーをいただいたのですが、
どうしても気になって塵取りとほうきをもって
細かくてみえないほどのガラスを集めに行きました。

掃いているときに、その方の気持ちがこちらに届いて
涙がこぼれてきました。

何十年も朝の街路を歩きましたが、初めての
出来事で、まさに自分の心が乱れていることを
見せられた感じがしました。

まだすべてを兄弟とみていない。
見るものはすべて自分の心の影だとしたら、
なんと激しい心を持っているんだろう。

反省の朝でした。

「自己非難は自我と同一化することであり、
他人を非難することと同じく自我による防衛」

「もし兄弟たちがあなたの一部であり、その彼らを
あなたが自分の剥奪感のゆえに責めるなら、
あなたは自分自身を責めることになる」

神の使者から奇跡の道へ その29~あなたに見えるすべては・・・

「あなたに見えるすべては、あなたが内側に見たものについての判断の証し」

デスクの上の煩雑さを見るにつけ、
心の中の煩雑さを見ます。

激しい人の姿を見るにつけ、
心の中の激しさを知ります。

腹の立つ人を目の前にすると、
何かに怒っている心の状態を知ります。
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神の使者から奇跡の道へ その30~あなたは自分が望んでいないものを・・

「あなたは自分が望んでいないものを投影していると
思っているときでも、その理由は、あなたがわずかに
それを望んでいるから。
愛だけを望むとき、あなたはそれ以外になにも見えない」

自分を憤慨させるものが目の前に現れると、
そしてそれが相手のものだと、あなたが知覚する時、
憤慨させるものを、自分の心の中から引き抜けばいい。
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神の使者から奇跡の道へ その31~もし「法外」と言えるような何かを・・

「もし法外と言えるような何かを兄弟が
あなたに求めるなら、それが重要でないからこそ、
それをしてあげなさい」

法外なことさえも。?とすぐに疑問符の
方も多いことでしょう。
さらにイエスは「1000円欲しいと言ったら
2000円上げなさい。」さらに「一緒に100歩歩こうと
言われたら200歩一緒に歩きなさい。」とも言ってますね。

一体全体何。!

法外と思ってもそれは重要ではないこと。

何故でしょうか。?
法外なのに。(笑)

それはきっと自分の救済に出現した兄弟だから。?
あらゆることが自分にある「自我想念」からの
癒しの現象だから。?

「兄弟からの要求はどれもみな、
あなたのためのものである」

その昔のことです。
この携帯電話の時代ですから相手への
連絡はピンポイントで相手に届きます。
幾度も幾度も電話のたびに「お金が欲しい」と
言われる方がいました。

そのたびにできるうちはしました。
「返さなくてもいいからね。」
「きっと返します。」
そんな会話でした。

いつしかお渡しするお金が無くなってきて、
また電話があったら、なんと悲しいことだろうと
思っていました。

それでその後には電話に出ないようにしました。
それは電話に出たら断らなくてはならないからです。
悲しいことです。

今はもうその方からの要求は止まりました。
電話はあります。普通に。

幾度も考えました。
お金の要求を何故受けるのだろう。
起きることはすべて自分のことです。

「まださまよっているのか!」

天からの強烈な叫びに思えました。

お釈迦様もフランチェスカも何もかも捨てて
真理を求める旅にでました。

「貧しきものは幸いなり」

この貧しきものとは、誤ったところに思いを
投入してきた者たちのこと。
経済的なことではありません。

「あなたにこの世界のものごとに対する
思い入れがまったくなければ、貧しきものに
彼らの宝がどこにあるのかを教えることができる」

人生上で出会うさまざまな人たち。
それに伴う多くの体験。
縁起。

そのすべての方たちがすべて自分のために
現れてくださる兄弟です。

「感謝のみが兄弟に対する適切な応答である」

「もし法外と言えるような何かを兄弟が
あなたに求めるなら、それが重要でないからこそ、
それをしてあげなさい」

神の使者から奇跡の道へ その32~実相世界を見ることは、全的な知覚である

「実相世界を見ることは、全的な知覚である」

見る。?
全的な知覚。?

実相は「空」ですから見ることも
知覚することもできないのかも。
ですが全的知覚なら物質である言葉では
表現できない「空」をギリギリ語れる
限界の言葉なのでしょうか。
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