神の使者から奇跡の道へ その9~何もかもが一度に起こっている

「何もかもが一度に起こっている」

まさか~~?でしょう。(笑)

しかし今起きているすべての出来事は
もちろん一度に起きていることですね。
ところが何もかもですから、なにもかもですね。
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神の使者から奇跡の道へ その10~日にあっては親切でありなさい

「日にあっては親切でありなさい」

私たちを創造したものは、創造する者として私たちを
創造したようです。
だからそのその創造の意志は創造したものと同じ。

愛の延長、そして平安です。
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神の使者から奇跡の道へ その11~時間という幻想に従うと・・・

「時間という幻想に従うと、罪は過去、恐怖感は現在、恐れは未来。」

恐怖感でいっぱいの多くの人々が今には
たくさん見かけられます。

そして過去という歴史上での多くの出来事が
伝えるどうしようもない罪に気付いている人もまた
多いことでしょう。

そしてこのまま進めば一体人類は、また身近には
自分の人生が、どのようになるのだろうと不安に
かられる方々もみえます。
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神の使者から奇跡の道へ その12~あらゆることは自分が望んでいる。・・・

「あらゆることは自分が望んでいる。
天国を投げ出したことへの自分自身の憎悪。」

「あらゆることを望んでいるなんて・・・」
つぶやきのお声が聞こえそうです。(笑)
あんな大変なこと・・・。

現象やご縁は与えられた癒しへのチャンスでしょうか。
もちろん、あんな大変なこともです。
与えられた専用のチャンス。
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神の使者から奇跡の道へ その13~罪なき心には苦しみはありえない

「罪なき心には苦しみはありえない」

罪のない心とはなんでしょうね。
罪だらけ。(笑)

ようするに過去のことの数々の体験で
たくさんの罪を犯してきたことを悔やんでいる心。

その反対で、それらのことを罪だと思わない心でしょうか。?
冷酷?か無関心。?
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神の使者から奇跡の道へ その14~言霊 ウオアエイ

「言霊 ウオアエイ」

神の使者から奇跡の道へのテーマでその13まで
記述させていただきました。

今朝急にこの伊路波村で購読されることの
最も多い記事について、もう一度熟読してみようと
思い立ちました。

古事記と言霊」講座を終って  島田正路様 講話から です。
まったくテーマと同じ内容と理解しました。

皆さまにも再読また熟読をお勧めしたく感じました。

日々のなんともならない事象。
その事柄が何を意味するのか。
深く思う時、心が打ち震え
これからの今の勇気が出てまいります。

長編ですが最後の方の先師の言葉が圧巻です。

「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」

「言霊 ウオアエイ」

神の使者から奇跡の道へ その15~赦しの方法・・

「赦しの方法

一つ 自分が見ているものは夢だと思い出す。

一つ 見ているものは自分自身の投影。

一つ 常に一瞬が永遠。」

毎日毎日目の前に展開される人生上のことがら。
つらいこと、大きな怒り、ものすごい不安、抑えられない恐怖感、
深い悲しみなどなど。

楽しいこと、喜ばしいこと、嬉しいことはいくら来ても
いいのですが、つらいことはどんな人でもいやなものですね。

「自分が見ているものは夢」だとしたら夢に向かって
さまざまな感情を出していることになります。
それらの感情は第一の脳と言われる「腸」をまっさきに
不調和に導くようです。
そうすると正常な意識が持続することがむつかしく
身体を攻撃していきます。
もちろん今流行のコロナさんがあるとしたらその餌食に
なりやすくなりますね。

生きていくのにとても難しい状況をどんどん加速していきます。

現実が夢と気づけば。
そして「見ているものは自分自身の投影」だとしたら、
自分がすでに決断した影が現実です。
決断が現した自分自身の意識そのものの影でしょうか。

ああ、あの人は私そのものだったんだと気づくことが
赦し赦され癒し救済される方法かもしれません。

やってられない、そんなはずがないと思われたのなら、
やってみて実験してみたらいかがでしょうか。?
みるみるいやな現実が消え去り、とんでもない現実が
目の前に現れてきます。

やらないでそのままだと、ずっとそのままでしょう。

そしてそのことの確信が得られたら、
「常に一瞬が永遠」だときづくチャンスが訪れます。

なんでもやってみるしかないですね。

「我が家とは変わることのない霊」

「人世と思うものを生きながら、同時に少しずつ救済に向かう」

今に起きていることはすべて自分自身の意識の影。

この12月、ますますこの意識が大切になってくことでしょう。
どんな驚くべきことがらが、そして世界が目の前に来ても、
すべて夢と知りせば。

「赦しの方法

一つ 自分が見ているものは夢だと思い出す。

一つ 見ているものは自分自身の投影。

一つ 常に一瞬が永遠。」

神の使者から奇跡の道へ その16~他にはなにもない

「他にはなにもない」

これはなかなか。。

他って、なんの他なんでしょうか。

いつも目にしているものが確かに存在していると
思い込んでいるのが普通ですね。

目にみえるのですから。

それならば見えなければ、そして聞こえず
何の感触もなく、においも無いとしたら。

感ずるすべてを「空」は実体がないものと
説いています。

ですが心底から「空」だと信じれなければ、何もない
ことはわからないですね。
「在る」と「有る」はちがいますね。
言葉遊びのようですが。

「一度の体験はエゴに戻せない」

体験しか確信にはいたらないようです。
他にはなにもないことの。

もし自分の意識が無限だとしたら、
自分の意識以外には何も存在しないことになります。
「少し寂しいけど・・・」はありがとうおじさんの言。

「理解すること。
知っているは奇跡(癒し救済)に至らない。
知らないは至る。」

ほんとうは夢のような現実が、そして個々の
人生上の体験がそのカギを握っているようです。
大変な人生。
誰もがもうギリギリでなんともならない悲しみに打ちひしがれるとき。
いやでいやで仕方がない出会いが毎日続くこと。
肉体上での大きな事故。
立ち上がれないほどのいじめ。

大きな試練を受ける人ほどそのカギは確かに
目前に現れます。

大チャンスでしょうか。
解放の時です。

そしてそのカギは「赦し」と言えます。

「真理は現実の只中にある」

求めても求めても得られない人が
突然に花開くとき、それは全体の解放のチャンスです。

なんせあなたは無限なのですから。

「他にはなにもない」