ある道のり~いのちの実相 12 生気への道 3~

セカンドオピニオンは、患者にとって一人の医師だけでなく
他の医師の意見も聞くことで、何か新たな解決法を見つけていくものです。

でも話は知っていたものの、そのような言葉が自分の
深層心理から聞こえてこようとは、思いもよりませんでした。

午前3時必死でパソコンでの検索を始めます。
「精神科 セカンドオピニオン」

そんななかで分裂病と昔から言われていた人は100人に一人いる。
薬漬け医療の精神医療でのひどさは世界でも日本がトップクラス。

向精神薬の多剤投与(3つ以上の薬)が台湾1%、香港0%、中国1%
韓国20%に比較し日本は40%となっている。
そのようなことを知ります。

日本では症状が起きたらそれを抑える薬を出し、また新たな症状には
それを抑える薬を追加していく。かぶせていく。

要するに減薬治療はほとんど存在しない。

パソコンでさまざまな薬に関すること、精神医療に関することを
検索しますが、セカンドオピニオンに関する医師はその時点では
愛媛のくじら先生のみがみえました。

双方向のネットワークで患者相互の理解を深め、
情報を共有し、解決策を探っていく。

くじら先生は的確な処方を提案し、変化があれば変薬し、すべて
減薬の方法でもって、最小の薬で通常生活を送ることができるように指導されます。

くじら先生は現在現役でなく、一線から身を引かれています。
ネットも閉鎖されたままです。

著書があります。
精神科セカンドオピニオン―正しい診断と処方を求めて (精神科セカンドオピニオン)
著者 笠陽一郎  先生はご著書を世に問われてから、
まもなくでネットを閉鎖されました。

こちらは本当に最後の方にぶら下がった相談者でした。
ネットでは正義感強く、真実を伝えたいという先生の真摯な思いが、伝わってまいります。

私は当時過去17年間の娘に関する情報を必死でネットに向かって
先生に向かって打っていました。
午後5時に膨大な文章を先生に送りました。
あとはただ待つだけの心境でした。

セカンドオピニオンがどんなものか、どれだけ真剣に、見もしない相談相手に
対応をされるのだろう。
心も体も疲れきっていつしか眠ってしまいました。

朝出勤の時が来ました。
まさに家のドアを空けた時、携帯電話の振動を感じました。

見知らぬ方からでしたが、いつもそうするように通話にしました。
くじら先生からでした。

驚きました。
心から感謝が溢れました。
見知らぬ人からのネットでの通信からでもまじめに対応される
すばらしい方でした。

午前7時、光明を見ました。
先生は即座に用件を語ります。

「非定型統合失調ですね。デパケンとリーマスを多く投与し、
向精神薬はジプレキサかリスパダールのどちらかが有効ですから、
服用させながら、様子を連絡してください。」

簡単な電話でしたが、明確な指示でした。

さて、今までのH先生の処方を覆すこの処方をどうしたらH先生に
認めてもらえるだろうか。 今までの処方ではだめだとはこちらからは言えない。
まして先生にはプライドがある。
考えました。

先生のプライドを汚さず、新しい服薬を認めていただく方法はなんだろう。
その時以前医学書で読んだ最近の医学会の常識について、が心に
浮かんできました。
「検証医学」

現在の医学では、患者からの訴訟についてが、医師の側からは
もっとも起こしてはならないこと。
から手術時にも幾枚もの書類に署名が必要とされる。
以前にはなかったこと。
そこで考えました。

そうだ先生には一切いかなる責任もなく、この薬の変更については
何があっても親が責任を取ると言う「念書」を提出してみようと
ひらめいたのでした。

「念書」をしたため、急ぎ、H先生にお会いしました。

ある道のり~いのちの実相 11 生気への道 2~

2006年6月6日以来、人生は娘一色となりました。
いやその前の2月の飛び降り以来といってもいいでしょう。

親の責任とかというような義務を飛び越えています。
人は何故ここに生まれるのか。
そしてさまざまなことを何故体験するのか。
結局はわからないので、わかりませんと言うしかない。
でも分からないがゆえに少しでも機嫌よく生きようじゃないか、
それがこれまでの結論です。
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ある道のり~いのちの実相10 生気への道 1~

娘がイメージした場所へ落ちていきました。
「ああ今度はダメかも・・・」

あの堅い屋根に7階から落ちて無事なはずがない。
それでも、あまりの激しいできごとにも心は冷静でした。

もしかしてと、予見する心があったのかも知れません。
とにかく救わなくてはと、救急車が到着と同時に
9時すぎの時間なので、もういなくなった3階のテナントさんに
連絡を取り、入室を許可いただいて、2階の突き出た4分の一円の
コンクリート屋根に横たわる娘を地上へと降ろしていただくのを
ぼんやりと見ていました。
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ある道のり~いのちの実相 9 未来の姿が~

S先生は気の達人です。
多くの難病を治した実績のある方です。
またお料理もとてもお上手で、自らつくり、患者さんに
ふるまわれました。

病院とか、薬とか、カウンセリングとかのすべてを信頼することが
できないまま、最後の癒しの方法にかけてみようと思ったのです。

娘は先生に会ったとたん、とても嬉しそうな顔をしました。
あとで聞きますと、なんだかなつかしい気がしますと言いました。
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ある道のり~いのちの実相 8 事件 2~

お隣さんは驚いていたようでした。
突然に屋根に何かが落ちてきたのですから。

そのせいかこちらの「開けてください。!娘が落ちました。!」
という呼びかけにも、ドアを開けることができなかったようです。

一刻を争う・・、途方にくれて、そう思いどこか屋根に上れる場所を探しました。
3件ほどが棟続きの平屋でしたので、そのはずれに行き
ブロック塀を登ろうと思い移動しました。
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ある道のり~いのちの実相 7 事件1~

二度の自宅内での飛び降りも,何かを試すような感じがしていました。
幸いにも二度とも大した怪我もせずにいたのです。

ただやはりいずれも二ヶ月ほどの入院を余儀なくされました。
薬は増える一方です。
多剤処方で何がなにやらわからず、
まるで薬を食事のように服用しました。
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ある道のり~いのちの実相 6 自分しかいない~

自分しかなくて また自分さえない 感覚でもなく
ただ そのことが私たちの現実感とはまったく
かけ離れた それでいて何にも変えがたいもの。
ただもう 嗚咽しかないもの。

そしてそれであればこの現実の何をもはるかに
超越し、しかも私たちの知るいかなるものとも比較することのできないもの。
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ある道のり~いのちの実相 5 実相への光~

時間の不思議や自分の生命のふしぎが目前に迫っていました。

先のセミナーでは父親に対する憎しみと母親への哀れみのふたつを
完膚なきまでに、自分の心から追い出した後に体験がありました。

父親と母親がキン斗雲(きんとんうん)に二人並んでしかも笑顔で
手を振っていました。そしてその雲は二人を乗せたまま
かなたへと消えていきました。
ああよかったと思いました。
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ある道のり~いのちの実相 4  未来が今に 過去が今に~

商工会議所主催のN塾が終了し、そのOB会が発足しました。
ある日のその会合の後、世話人のKさんと友人のIさんと共に
居酒屋にいました。そこでの会話の中で、私は世話人のKさんに
このように言いました。

「人間ってなんでしょうか。本当のことってなんでしょうか。
わからないから知りたい、学びたいと思っています。」

酔っていました。
それまでとはまったく異なり、すべてに積極的で
気が向いたことならなんでもやりたい、頼まれたことは
「はい喜んで!」に変わっていたのです。
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