柊さん訪問記20190518

先日、栃木県鹿沼市にあるイタリアンピュアダイニング柊でのお食事会にお邪魔しました。名古屋から新幹線と日光線を乗り継いで4時間弱。沢山写真をとってきたので記事にして収録します。

頻繁に車の通る国道交差点沿いですが、林のなかにあります。


これが柊なのかな???

駐車場にまわると・・・

これが


これの材料かな。ガウディのみたいです。


ガウディの正体は、グリーストラップでした。
岩澤さん(柊のシェフ)の特製です。設置するまでは15センチくらい臭い脂が張っていてそれをじぶんで処理場まで持っていっていたそうです。


柿の木にぶらさがっているステンレスのお玉。ぶくぶくしているグリースストラップに置き忘れてたのを見つけたら、もともとギトギト汚れでいっぱいだったお玉が、ぴかぴかに光って復活していたので驚かれたそうです。グリーストラップで製造された発酵液が、最上級の肥料となって柿の実が鈴なりになります。


空気のちからがいかに偉大か、微生物を殺すことがいかに罪深いかを情熱的に語る岩澤さんです。贖罪と自然への恩返しの気持ちで創造的に実践してみえます。


厨房のバンブーエリアです。オリーブオイル・にんにく・トマト・卵などすべてがオリジナルバンブーで吸引状態にされていきます。


フルーツサンドは生クリーム食べられなかったマデュカさんも食べられます。


これはラザニアというものですか。いちばん気に入りました。食べ物はすべてがまろやかで刺さってくるものがなく、いろんな味が調和していました。


これもカスタマイズされたエアドリームです。


フリーモーターキットも、原型をとどめておりません。

なぜにこれほどまでに、自然への恩返しに情熱を傾けるかを岩澤さんがお話されました。岩澤さんはほとんど死産で生まれついて、幼少の頃、とても体が弱かったこと。それが大きな原動力になっていることがわかりました。殺菌や滅菌の世界ではうまく生きられなかったが、大気との関係を重視して、増菌することで、内圧が高まり、調和がとれた世界に入ることができたと語られました。

帰り際に宮古島で釣りをしたときに宮古島の魚の生命力が弱っていることを感じたことをお聞きしました。シェフとして、毎日魚を触っているからよくわかるんだと。沖縄の開発で海が弱っているとおっしゃいました。そんな風に感じながら、毎日の持ち場で実践してみえる岩澤さんのことを尊敬してしまいました。

以上、柊でのテネモスイベントの訪問記でした。

 

イタリアンダイニング 柊 (栃木県鹿沼市茂呂1055-1)
電話番号 0289-76-6776

これより下は、テネモスネットの配信動画です。

 

営業時間の変更と書籍紹介

本日より営業時間を朝8時半~夕方5時半に変更いたします。

3月末に出版された友人のコミックスを紹介させていただきます。

愛知県の病院に訪問授業をおこなう教師のおはなしです。
昨晩、拝読いたしました。
作画を担当する彼の本格的な作品は2作目で5年ぶりです。
作品には心がこもっていて、ふたつとも胸に響きました。
Amazonでも買えますので、気になった方は手にとってみてください。

マジスター 見崎先生の病院訪問授業

パセリとパクチー

去年の11月始めに三歳過ぎた孫と一緒に種まきしたパセリとパクチー。ちっとも大きくならなくてダメかなって思っていました。

少し種まきの時期が遅かったかもしれませんが、このごろの春の陽気で一気に大きくなってきました。

孫に写真を見せても「おさるのジョージ」の方がいいらしいです。

パクチー

パセリ

春が来て・・・

北の扉を開けても生暖かい風が顔に当たった今朝でした。

午後のコーヒーブレイク。
窓を見れば、春の前に毎年きれいに丸坊主にされる街路樹に今年も若い芽が出ていました。

坊主にされた日には、半年は巣にいたであろう
鳥さんたちのことをずっと考えていました。

ヤタガラス。
水先案内人。

どなたが与えたのか好みの役柄。
いつまで続くのかこの身に。

嬉しいことば

伊路波いちばの本店のお客さまからメッセージをいただきました。

はじめてのコメントです。伊呂波いちばさんには何時も良い物をご提供頂き、マナウォーターをはじめバイオペースト、万能酵素水、ピッコロ、Air Cube,ビダクリーム等々使わせてもらっています。おかげさまで安心、快適な生活を楽しんでいます。本当にありがとうございます! これからもよろしくお願いします!

毎日朝起きて、自宅の7Fから2Fにエレベーターで降りて
夕方まで働いて、ごはん食べてお風呂入って歯磨きして寝る生活ですが、こういうお言葉をいただけると自分が役に立てているのかと、じーんとします。ですから、わたしも少しでもそう思ったらお伝えしようと思った次第です。

自分しかいない

世に自分しかいないって分かったら、全てが自分だと思える。

そうなると目にする人たち目にするものすべて自分。

その人たちが自分になすことはすべて受け入れるしかない。

それは自分が自分になしたことだから。

人生上に起きるさまざまなことがらには、もう耐えることができないよう思えることがある。

どうしてこんなことが自分に起きるのだろうと、立ち上がれないことがある。それでもそんなことでも結局は受け入れるしかない。すべて自分の中で起きている出来事であって誰もいない。

自分しかいないのだから、結局は自分もいないように感じるのです。

自己という自分 他己という自分

自己と他己ってあります。
自己紹介とか他己紹介とか言って使います。

自己紹介は自分がみた自分。
他己紹介は他の方のことをどのように見ているかを語ります。
でも他己とは他の方を借りてその方をどのように見ているかを語る、結局自分のこと。

何をとっても自分しかありませんね。

黎明の時

写真はテネモスの横型風力発電機です。6枚羽根で一枚の羽根の幅の2/3のところで148度の角度で折り曲げてあります。正面から風を受けますと、羽根の2/3の広い部分と1/3の狭い部分の振動が異なって、その振動差を埋めるかのように広い方から狭い方へと羽は回転します。ほんのそよ風でも回転します。

気(エネルギー)が行いを促し、現実が変化してまいります。
変化した現実が新しい気(エネルギー)を生み出し、
動き続ける限りは気(エネルギー)を放出することが
止まることはありません。
エネルギーはもらうものではなくて出すもの。
自らの出した気(エネルギー)のとおりの現実世界が
目前に広がります。

言葉がなければ何も認識できず、
時間がなければ変化がわからず、
空間がなければ我と彼、あれとこれの区別ができず、
そして気(エネルギー)がなければ何も生まれてこない。
この世の仕組みは大元である中道のエネルギーが
根源であるようです。
そのことの証明はこの自然界のあらゆる現象が
見せています。

自然界がなければ大元がわからず、大元を知らねば
不自然に生かされていると言えます。
天も地も人もその三元の大元もすべてが共にあるという
認識が多くの人々の認識になるときが近づいていると感じられます。黎明の時でしょうか。