突然に繋がってきたこと 6 「出したものが返る」 終章

このシリーズを書いていた昨日、昨日の分が書き終わりを
迎える頃、パソコンの操作ミスで全部消えました。

すぐに「これは書いてはいけないんだ・・・。」と思いました。
それでも今朝からまた始めています。(笑)

意識が遠方に届くことを植物で実験したアメリカの研究者の話題が
IN DEEPにちょうど記載されていました。

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フォーゲルは、当時、27歳の IBM の上級科学者で、100以上の発明の特許を持っていた。そのキャリアの途中で、彼は、自身の持つ科学知識のさらなる有機応用に興味を持っていたのだ。
彼は、植物により放出された電流をテストした。

そして、彼が呼吸し、心の中で思考を巡らせていた時に、心の中の思考が明確で、呼吸が遅い時に、植物たちが劇的な反応を示したことを見いだした。

彼のチームの元研究員だったダン・ウィリス( Dan Willis )は、彼のウェブサイトで、フォーゲルの実験を説明した。

ウィリスは以下のように書いている。
「思想に対する植物の応答性は、8インチ(約 20センチ)離れても、8フィート(約 2.4メートル)離れても、あるいは、8000マイル(約 13000キロメートル)離れても同じだった」
「フォーゲルは、プラハから、そして、チェコスロバキアから、彼の研究室のあるカリフォルニア州のサンノゼにまで、植物に影響を与えることができたのだ」
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このように研究者の意識は距離に関係なく、何万キロ離れていても植物に
届くのだということがわかりました。

植物に意識がありそうなのです。
共時性のことが次なる疑問でした。

ほぼ同時に同じ発明をする研究者たち。
ほぼ同時に同じ行動をし、その行動が同種の動物に次々
広がりを見せる現象。
ここに呼吸の「呼」の意味を見ます。
「呼」とは呼ぶこと。
息は意識。
意識を出せば(息を吐けば)、その通り返ってくることは宇宙の真理です。

意識を出した方にとっての現実を「呼」ぶのでしょうか。

物理で言えば、作用反作用の法則です。
押せば戻る力が働く、それが宇宙の真理です。

疑問を抱けば、答えが返ってきます。
何万キロも離れた場所で、同じ疑問の回答を得た者がいれば、
同時期にその同じ回答を得るものが現れても不思議ではありません。
動物の行動と意識も同じでしょうか。

では最初の疑問を抱いたものは、どこから回答を得るのでしょうか。
疑問を意識し続け集中し、無意識から回答を得たのでしょうか。

聖書の「求めよ、さらば与えられん」はまさに至言といえます。

心が集中したり、また逆に「無」であればあるほど、解答を得る
速さが増すのかもしれません。

「無心」こそ疑問解決の鍵なのでしょうか。
いずれにしろこの現実世界はさまざまな意識が混ざり合って
できている世界と言えそうです。

出した意識どおりの現実が返ってくるのならば、
心から希望するような現実の「息」を呼吸し続けたいものです。

さらに「無心」の呼吸を続けることができれば、もうすでに
「万事如意」の条件が整ったと言えるのかも知れません。

私達は肉をもってこの世に生まれさせていただいて、
呼吸をしながら生かされています。

無意識のうちに本能が働き、自律神経、ある事柄についての執着、
湧き上がる感動、直感などを各自が持っています。

この世にいかされる時間が長くなる頃、
普通は意識が芽生え、考え方、希望、夢、計画をもちます。

無意識がどこから来ているのか、そして本能や自律神経などは
みんな同じなのですが、執着や直感や感動ポイントが何故それぞれ異なるのかは
わかりません。
肉体を持ってこの世にあって、さまざまな意識をいだくのは
なんのためなのでしょうか。

いろんな苦労や喜びや怒り、悲しみなどを体験するのは
なぜなのでしょうか。

もしかしてこのような生まれてからの意識が、無意識を知るためだとしたら・・・・。

最近は食べない人たちが話題です。
もう50年以上も食べていない愛知県内の女性を知っています。

一日青汁いっぱいでにこやかに人生を送る、ふっくらした女性。
8年間水も食もとらず、ハイテンションな弁護士さん。

インドのヨギである故バラマハンサヨガナンダさんは著書「あるヨギの自叙伝」の
中で、たくさんみえる食べない人たちのうちの一人の女性にインタビューしました。
その女性は答えました。

「食べないでいることは人間が肉でなく霊であることの証明です。」

食べ物は食べなくても大丈夫かもしれませんが、さすがに空気がなくてはと
考えましたが、とんでもない人が日本人にいます。

本屋さんに行きますと、横積になった本の著者ヨグマタこと相川圭子さんがその人です。
7年前迄に、インドで10回以上の公開サマディーをしています。
ものすごい数の公衆の前で、地下の小さな部屋に入ります。
その後部屋の上に土をかぶせます。
そして3日の後無事に生還してくるのです。

まさに空気が薄くなるかなくなって窒息するんじゃないかと考えてしまいます。
でも冬眠動物たちは、生命レベルをおとして、呼吸、内臓の働きを
極限までに小さくし尿などもせずに冬を越します。

おそらく人間でも無心の瞑想が、生命レベルを落とすことを
可能にし、少ない空気でも生きることをも可能にするのかもしれません。
無と有はまさに無意識と意識の関係。

空と色の関係。

霊と肉の関係。

すべて同じで原因は無であり、空であり、霊であるのでしょうか。

そして結果は有であり、色であり、肉。

疑問はまだまだあります。
長崎のあんでるせんで行われる人間の未知能力です。
人間の意識が、物質を変化させる。ガラスのビンが伸びる、曲がる。
他人の知らないことを言い当てる。
物質が空間を移動して額縁の中に入る。
紙幣の中に硬貨が入る。
はては何百キロも離れた場所へ物質をテレポートさせる。

不思議を詮索すればそれだけで一生を終えてしまいそうですが、
何故だろうと疑問を持たないほうが気がふれそうです。

喫茶店あんでるせんのマスター久村さんはおっしゃいます。

「人間ならだれでもできますよ。疑問を持ってやり続ければ可能です。
やれないのは、やれないと思うからです。
宇宙は巨大なフロッピーデスクです。
聞けばなんでも答えてくれます。」

ここでも「出したものが返る」真理の言葉が聞けます。
友人のYさんは時空の逆転現象を体験されました。
過去の出来事が巻き戻されたのです。
体験にかなう証明はありません。

またオカルトぽいですが、この現実世界は一様ではないのかも
知れません。

また人間の意識は最大のエネルギーです。

「ガラスビンを飴だと強く思えば、伸びますし曲がります。」

久村さんの声が聞こえます。

この現実世界は夢なのでしょうか。

旧約聖書では蛇にそそのかされたイブとアダムは
次々に「知恵の樹」の実を食べて、分離感をもちました。
有名な原罪のお話です。

神さまはその実を食べてはいけないといったのに食べた人間を
恐れたとあります。 次に中央の「生命の樹」の実を食べたら
人間が永遠の生命を得てしまうからと、エデンの園から追放をします。
人間はもともと永遠の生命だったのです。

そして「カバラ」生命の樹は、一本で全体を表す「一体全体」。
「あなたはわたし」なのです。

一本の木のどこかの存在である自分という永久の生命は、
どこかの部分であり、全体でもあります。

だから何かの意識を出してその結果を得れば、その結果は
全体に及びます。

出したものが返る真理は、この「生命の樹」にも見ることができます。

わたしたちは何故この世に現されて、さまざまな体験をし
さまざまに意識をし、生かされているのでしょうか。

生まれさせていただいたら肉が朽ちるまで、生まれ続けるようです。
そして生前を終えるのでしょうか。

霊肉一体何故?

永遠のたびは、今も続いています。

随想 伊路波村から~何を求めて

「農業に携わる方の平均年齢が
現在65歳なんですよ。
もうからないから どんどん若い人が
農業から手を引いていってしまったんです。
このまま行くと あと3~5年で 日本の農業はダメになります・・・。」

そんな農業のプロの方のお言葉を
聞きながら 「食料の価値が高くなったら
みんな農業に自然に従事するようになるから
きっと大丈夫・・・。」と心の中ではつぶやく。

それでも そこで農業が復興したとしても
ほんとうに 真の解決になるのだろうか。

一番大切なことは 人間の意識の変革なのだから
変革なくしてなす事業は また元に戻ることには
ならないのだろうか。

また農薬農業そのものや 競争農業 補助金農政
などからの脱皮が必要とされるのかもわからない。

水 食料 空気 エネルギー そしてその源となる意識。
それらの大変革が迫っているのだろうか。

人類の歴史上からよく考えてみると
「狩猟」から「農業」への時代変化は
石の斧が道具となった。

それは木を切って農地を開墾するために
画期的なエネルギーの増大をもたらした。

そして「農業」から「工業」への変革の道具は「蒸気」。
それをうみだす元が「石炭」となり「石油」となり
「核」となった。

すこしずつ「精妙」になってきたわけだ。
要するに時代を大きく変化させて「革命」と
呼ばれる時代のターニングポイントに
現れたのは「エネルギーの道具」の変化だったのだ。
今回は「通信」という道具が「情報時代」という
新しい革命を起すものだと よく言われる。
しかしほんとうにそうだろうか。

エネルギーを生み出す道具の変化が 今までの革命の重要な核を
なしたとすれば 「あたらしいエネルギーの道具」をもってして
人類は どんな方向へ向かうのだろうか。

物質世界の発展のみに向かうのであればそれは破壊と
なるのかもしれない。

あたらしい「道具」を手にした人類の向かう方向は
一人ひとりの心の持ちようが示すのではないだろうか。

毎日の生活で 私たちはどれだけ多くのエネルギーを
使って地球を食べ  どれだけ多くの化学製品を使って
地球を汚しているのだろうか。

もうそろそろ スピードを落とすように
そして 手放すようにと 天が呼びかけて
いるような気がしている。

世界の夜明けは 近いのかも知れない。

随想 伊路波村から~ありがとう

突然の訃報に 驚いてから
もう一ヶ月が過ぎて
あなた様を偲ぶ集いが開かれました。

その日は 朝から あなた様の喜びや
感謝の思いが こちらのこころに
届くのか こちらの目を借りて
ウルウル涙ぐんでいました。

決して 悲しくはない涙です。
只今の一度だけではないことを
誰よりも知る あなた様や あなた様の友人知人たちの
集まりは あの政木先生の集いとかわらぬ
やさしさに溢れていました。

残されたご家族は きっとあなた様と会ったのだから
力強く生き抜いていかれることと思います。

どうぞ 安らかに・・・ありがとう。

突然に繋がってきたこと 5  時空を飛んで

物理的な作用で水が活性化することや、
人の意識や、言葉や音楽といった振動でも
水は活性化することがわかりました。

そしてその水は人体の細胞の代謝を促進すること、
食物や動物の細胞レベルの新陳代謝を活性化しました。

ここからはちょっとオカルトぽいかもしれませんが気軽に御読みください。

よく昔名古屋駅なんかで手かざしさせてくれませんか?と
近寄ってくる、おそらく何かの教団の修行若者がいました。
その手かざしが病気の治癒に大きな役割を果たしたことは
何度も確認されています。

また多くの方がガン患者の方の周りを囲み、中心のがん患者の方の健康を
一心に祈った結果、がん細胞が消えたという話もあります。

この場合は近くにいる方の祈りという意識によって、相手の血液や体液である
水の活性化に効果を発揮し、代謝の促進をしたと考えられます。

血流があがったり、新陳代謝が促進されれば体温があがりますから。
決してアンビリーバブルではありません。

それでは水の活性化が普通は影響がないと思われる
生体でない固体、たとえば電気器具や通信機器なんかは
どうなんでしょうか。

もうだめかなと思って、「ほかしてしまおう」と思ったとたん
動き出す電気器具なんかは、ちょっと人間ぽいですね。

この前のテネモスミーティングでのある方のお話。
携帯電話の充電器が充電できなくなって、何度やってもダメなので、
もしかしてと微細な空気振動(バンブー)を閉じた空間にその充電器を
入れてかけましたら、充電するようになったのです。

水気がないはずの通信機器です。
8年前の玄米
5年前のあわもち
バナナ
このような生体のものは、空気振動だけで細胞代謝が進み
バナナは甘くなり、米やアワもちは食べることができるようになりました。
水の中ならさらによくなりました。

原子核(+)の周りを電子(ー)が飛んでいます。
その電子(ー)も自転しながら回転しています。

原子核が太陽で、電子が惑星のような感じです。

この原子が集まってさまざまな物質になっています。
ようするに原子が固まって物質となっっています。

電子の数で原子番号がふられています。
元はといえば原子で+と-のみです。
エネルギー(+)と物質(-)の一体で、
エネルギーの酸(+)と物質の水素(-)で一体の水です。
だから水ばかりがこの現実世界ともいえます。

その境を作っているのは形体です。
形体がなくなって空気になればみんなまざった水です。

そして再び空気が物質となります。
「空即是色即是空」の世界観です。

空はエネルギー(+)色は物質(-)
霊(エネルギー)肉(物質)一体なぜ?の世界観です。

現実世界は水に満ちていて、水の中で私達は生かされています。
誰かが何かを祈れば、その意識が空間に満ちる水に即転写(コピー)され
願う「場」に届きます。

エネルギーはもらうものでなく出すもの。

そして意識エネルギーは最大のエネルギーといわれています。

このことが遠隔治療を可能にしているのではないのでしょうか。
地球の裏側にさえすぐ届くといわれます。

でもさらにわからないことがあります。
遠く離れた動物や人間が同じ行いをするようになる
共時性のことです。

高崎山の猿のイモ洗いやボーア博士と長岡博士の「原子模型」の御話のような
遠くに離れた何もかかわりのない動物や人間がほぼ同時期に同じことをしだすのです。
受け取る側と出す側。

意識と無意識。

無と有。

だんだん明かりが見えてきました。

突然に繋がってきたこと 4  振動(バイブレーション)

今まで水が活性化することが、人体や植物や
動物に影響があって、病気が治ったり、植物の成長や
動物の成長にとても大きな意味があることを感じてきました。

水の結合状態のH-O-Hの水素Hの結合を切断すれば
水の集合体である「クラスター」を細かくし、活性化した水を
作ることができます。

その活性化した水は自然界にあります。
高い滝の落ちてくる水、地下からの湧き水、山のふもとから湧いている水、
海洋深層水などがそのような水です。

また販売している水もクラスターの小さい水です。
ただ時間がたつとその水も暴れて普通の水になります。

活性化した水を物理的につくる方法としては
次のような方法があるようです。

(大阪の知人Mさんの小論文にありました。)

1.温める。

2.磁気(電気)エネルギーを与える。

3.共振(振動)エネルギーを与える。

4.水の分子をぶつける。(衝撃エネルギー)

5.特殊な鉱物(活性炭、麦飯石、人工セラミック等)を通過させる。

政木先生のものは2の磁気エネルギーです。
そしてマナウオーター(飯島さん)は4の衝撃と5の鉱物です。
また湧水の原理を人工的に採用しています。

太古の水は不明ですが、細かい水であることは確かです。
磁気エネルギーで体内の水を活性化し新陳代謝を
促進し病んだ人体を治す政木先生の機器。

マナウオーターは水というより、水の湧水原理から
水にエネルギー吸引される状態を飲むといったほうがいいかもしれません。

それと温めることはよくわかります。
温めると。細胞代謝が活性化します。
よく言われることです。
水が活性化したんですね。

がんは40℃で存在できません。
心臓は40℃で常に振動しています。
心臓ガンは聞いたことがありません。

それから蛇足ですが、年をとるとおしっこが近くなって何度も
夜中に起きて困っているというお話を聞きます。
それで一度おきると寝付かれなくて、またおしっこが・・・・。
といった話です。

おしっこが先か、眠れないのが先かを考えてみました。
人間はもう眠ろうとしますと、脳が副交感神経優位に
導き、内臓の働きを鈍くします。

ですから尿も腎臓が半分ほどしか膀胱に送らなくなります。
ですから普通は眠りましたら、朝起きるまで尿意は感じなくて、
朝起きてしばらくで「ああ、おしっこ・・・」と行動します。

年を経ますと、考えることが多くて眠れなくなる人が多いです。
ところが眠れずに(浅い眠り)いますと、交感神経が優位ですから
眠っているときよりも内臓は活発になります。

ですからおしっこにいき、また・・・・・・という循環になります。
幾度ものおしっこ行きの原因は、眠れないことに
あるのかもわかりません。

目を暖かいタオルで温めたり。アイマスクで温めますと
眠りが深くなり、尿意を感じる暇がないようなのです。
また首の後ろを温めるといいようです。

タオルなんかを首にまいて寝ますと、暑くなく寒くなくで
とてもいい感じです。

トイレ行きの原因は眠れないのが先のような気がします。
本題に戻ります。
故江本勝さんの水の結晶の実験では、クラシック音楽や
人の意識や言葉(これも一種の意識)によって水の結晶が
とてもきれいな状態になることが確認されています。
みなさんもご存知のことと思います。

また前回の水の実験のビデオでも明確になりました。
さらに植物さえ、人の声かけやクラシックを聞かせることで
成長が進むことが確認されています。

これは共振ではないでしょうか。
意識も振動です。

また人の呼吸の呼息(吐息)にも6%の水蒸気(水)が含まれます。

人の意識の状態によって、この呼息の水蒸気の状態は
変化があるのだろうかと実験した学者がいます。

あるアメリカの心理学者の方の実験です。
人の呼息をガラス管に集め液体空気で冷やします。
すると沈殿物ができます。その沈殿物の色が人の意識の状態に
よって異なったのです。

健全な方  無色

怒った方  栗色

悲しみや苦しみの方  灰色

後悔している方  淡紅色

さらに栗色の怒った人の沈殿物を水に溶かし
ネズミに注射すると数分で死にました。

人の意識が呼吸の呼気の水に影響することがはっきりとしました。

このようなことから意識が体の水を汚し、代謝を停滞させ
不調を生むこともはっきりしてきました。

「病気」と言われるわけです。
「病体」とは言いません。
また漢字は不思議です。

これで息は「自」分の心と書くことに抵抗できなくなりました。

また吐く吸うの「吐吸」でなくてなぜ「呼吸」なんだろう。

こんな疑問が湧いてきた頃、また新たな気づきがもたらされました。

ずっと前から不思議でしかたなかった「遠隔治療」の効果について
もしかして・・・・・・だろうかとの確信が湧いてきました。
長い間の疑問が、まさに溶解した瞬間でした。

いずれにしても体内体外の水を活性化させることによって
代謝の促進をしたことには変わりありません。

随想 伊路波村から~意識の波

意識の波はエネルギーだから、
他のものや人に物凄い影響を与える。

怒りまくる人のそばには
誰も寄り付かないし、
そわそわと忙しい人のそばも同様。

悲しみが深かったり、不安が強かったり、
なんでもしっかり完璧にしなくてはと
思ったりすると、これまたエネルギーが強い。

安心のエネルギーはなにかというと、
何にも思っていないことで、目の前に
起きることをそのまま処理することだ。

それもただ感謝でできたら、方向がない。
そんなにできたら99%の人生。
あと1%はあちらへ行ってから。(笑)

南無とはありがとう、こんにちはの「ナマステ」の
ようなことばで、「南無阿弥陀仏」は阿弥陀仏さんへの
挨拶と友人の僧が言う。

よくできても99%だけれど、そこまでいたる人はまれ。

だから少しでもできるように、また生き方を
忘れないようにと「南無阿弥陀仏」だよと
親鸞さんは説いた。

その僧侶の友人から届いた、彼の随筆が数枚ある。
今朝、目を通させていただいた。

何故かこの場所で、はるかな居多ケ浜が思われる。

「親鸞聖人の流罪地を訪ねて」

平成18年11月26日(日)夜10時、私と妻は、
自家用ワゴン車で出発した。
聖人の京都から越後(新潟県)への足跡に少しでも触れる思いで、
北陸自動車道を走行した。

途中、車内で寝袋に入って寝、27日(月)午後1時に上越市
(旧、高田市・直江津市)
に入った。

「聖人は、北陸道親不知を歩いて越えられ、糸魚川の東の
小野浦(現、木浦)から乗船し、3月28日に郷津の東の赤岩に着岸し、
居多ケ浜より上陸された。」という。

 上陸地の「居多ケ浜記念堂」、最初の立ち寄り先の「居多神社」、
初めての庵である竹の内草庵があった「国分寺」、次の庵である
竹の前(たけがはな)草庵があった「本願寺派国府別院」、
土地の弟子が開基である「光源寺」を視察し、親不知にて
宿泊し、翌29日は厳冬間近の「親不知、子不知」の海岸を体感し、
聖人の関東への足跡を思い、長野自動車道を走行して、
夜8時に帰名した。

50程のトンネルを抜ける行程であった。
・・・・・・・後略・・・・・・・・
親鸞聖人の流罪から800年、
上越は幾度もの地震にゆれている。

「南無阿弥陀仏」

居多ケ浜を歩む親鸞聖人の後姿が見えてくる。

突然に繋がってきたこと 3 始まりのできごと

12年前 吐血下血を経験しました。

医者があまり苦手なので、昔からの伝統的な
食事療法のみとしました。

あんなに吐血したのに、医者に行かないだんなさんを見て、
家内はきっと相当な頑固者と思ったことでしょう。

だいたい薬は飲まず、検診にも25年は行ってないのですから。
それでも献身的な看病と、「太古の水」一日2リットル、
パパイヤ酵素を加えて、2ヶ月で完治しています。

もちろん政木先生の「神経波磁力線」も使いました。
もちろん病気の原因は意識ですので、その頃していた活動を
すっぱりとやめました。

おそらくやめると決めたときから快方に向かったと感じさせます。
酵素はPSなんとかで有名なものです。

「太古の水」は信じるものは・・・・ですが、12年後のこんにちでも
人気ですから、確かに効果はある水と感じます。

この「太古の水」は臨死体験3回で有名なTさんが
地球創生のときの水の状態を、その体験のときに見て、
戻ってきたときに研究を繰り返して作り出したものです。
信じたのですから助かったといってもいいのですが、
つい2年ほど前に会社の社員さんが「胃に影がある」と
相談がありましたので、同じ方法を実践してもらいました。。
やはり2~3ヶ月で影は消えています。

そのときも「何かいやなことあるの。?」と
いやな質問をしてしまいましたが。
意識が大切とも、お伝えしました。

そのような体験を二つもしていましたので、意識が原因であるとの
確信は揺らぐこともないのですが、「水」の不思議をも感じていました。

最近出されたKさんの共著本の見出しにその「太古の水」のことが
書いてありましたので、急に水についての興味が再燃してきました。
それで本を取り寄せて読ませていただきました。

彼の言葉によりますと、
「細胞の汚れは細胞内の金属イオンにつきます。
その汚れを細胞外に出すのに必要なものがあります。
ところで普通は濃度の薄いほうから濃いほうへと
浸透しますので、体液から細胞膜を通過して細胞内へと
水分と栄養は移動します。

ところが細胞の中は濃度が濃いのでどうやって汚れと水分が
濃度の薄い体液のほうへと出されるのかがわからなかった。」
このことの説明で細胞膜が三層あって、一番体液側は
体液に近い成分、二層目は純水、そして細胞に一番近い三層目は
もっと細かい超純水。その超純水は圧が高く活性化しています。
この活性化した超純水が汚れのついた金属イオンを細胞内から
運び出すようなのです。

そのような説明だったと思います。
この超純水と同じものが「太古の水」すなわち地球創生時の
気圧が現在よりも高いときに存在した水のようなのです。

細胞の三層説はちょっと?ですが、細胞内と細胞外を行き来するのに
水の道は細胞膜にはちゃんとあります。

ですから活性化した水が、汚れを細胞の外に運び出すことは
納得できることです。(細胞内に酸素、栄養素入りの体液が入り、細胞が膨圧し
細胞外に再び水と汚れを運び出す。浸透膜現象とは異なるようです。)

この水と同じようなものは、生のキャベツに多く含まれますので、
ミキサーにかけて飲むと太古の水と同じ効果が望めるようです。

病気や痛み、痺れ、コリなどはすべての不調が酸欠状態といわれます。
細胞内から汚れを引き出すことができなかったり、
内臓で浄化処理ができず体液が汚れたりしますと、臓器や
さまざまな細胞に酸素がうまく行き届かず、新陳代謝が進まないため
不思議な細胞が生まれたり、あちらこちらに痛みが出たりするのでしょうか。

とにかく「太古の水」が胃の細胞を再生させる力になりました。
吐血した年に、太古の水で自ら人体実験をしその力を実体験しました。
体の不調の元となる体液(水)の汚れは、活性した水で
浄化されます。ですが汚れを作るのが意識だとしたら、
意識が水を浄化することもできないのだろうか。
そんな素朴な疑問がわきあがりました。

その頃「ありがとう村」が多くの人々をひきつけました。
「ありがとうございます」の持つ言霊に関心がありました。
物理の世界で見えないだろうかと思いある実験をしています。
まだ病から立ち直ってすぐの動画ですが、
良かったらご覧ください。


マナウオーターがまだ名前がついていなかった頃、
「太古の水」はありました。
水道の水の内容物は変わりません。
ただ水が活性化すれば、薬物さえも無害になることが目で
確認されることでしょう。

青酸カリの入った水さえ、マナシステムやエアシステムでエネルギーを
吸引すれば無害となり、金魚は死にません。

硫酸に同じようにエネルギーチャージすれば触っても
ヤケドすることはありません。

そして何もなくとも意識がものすごいエネルギーだということも
目で見えました。

海洋深層水もルルドの水も富士山のパナジュウム水も
時間がたてば水が暴れて普通の水のようになります。

「太古の水」は一年半の時間を作成に要するようです。
しかも気圧が「固着」し、変化しない状態を作り上げることができました。
世界のすべては原子(+)と電子(-)の水です。

形の-とエネルギーの+が一体となった、霊肉一体なぜ?の世界です。

意識がなぜ水を変え、現実までもを変えるのか。
逆に意識がなぜ病気という不調を生み出すのかが
次第に明らかになってきました。

地球の裏、宇宙の果てまでに届く意識・・・・・・。

旅は続きます。

随想 伊路波村から~お年寄り

おばあちゃんからお手紙をもらった。
おじいちゃんが、長生きした生存お見舞金として、
保険会社からいただいたお金を、
家族6人に平等にわけてくださった。

その中におじいちゃんの言葉をおばあちゃんが代筆した
手紙が入っていた。

86歳になったおじいちゃんはすこしボケている。
だけども、もともと若い時からボケてるので、
そんなにもボケてるなんて感じない。(笑)

むしろおもしろいので、子供たちのウケがいい。

「・・・・・・・・・・、一人では何もできない私ですが、
米寿の年の祝まで、元気でいたいと思っています。
一寸ボケが始まって来ていますが、迷惑をかけない様
頑張りますので見守ってください。・・・・・・。」

お年寄りは何より家族に迷惑をかけることを
心苦しく思うのだろうか。

そして続く、「何よりも体を丈夫にして、
世話をかけない様気を付けますから、
今後ともよろしくお願いします。」

おじいちゃんとおばあちゃんがただ
生きているだけで嬉しいのに。

自分も行く道・・・・・・・。

随想 伊路波村から~夢

山奥の細い道を誰かに載せていただいて、
乗用車が走る。

到着した作業現場にいる
以前からの顔見知りさんにご挨拶。
明日からここで働くんだ。

土木工事の作業現場宿舎で少ない荷を解く。
その日は眠ってしまった。

朝がきて、バイクに乗って高速道路の現場の
工事状況を視察する。

隣の工区との境も過ぎて、いつしか
道路の工事区間をも離れ、山奥の
大きな川の分岐点に座って、川の流れを眺めている。
「また働くんだ・・・ここで。」
となんだか憂鬱な気分。

帰り道、土を運ぶトラックやショベルカーと
なんども行き交う。

そしてショベルカーが土をトラックに積み込んでいる
場所で、ぼんやりとその光景を眺めている。
「みんなどうしているんだろう・・・・・・。」
と思う。
 ーーーーーーーーーーーーーーーーー
学校から通知が来た。
もう一年大学に通わなくてはならない。

それも働きながら。
落とした単位を取得するために。

学校への長い坂道を歩く。
事務室で手続きを済ませ。

何をいつ受講すればいいのかを聞く。
初の受講日が来た。
教室を必死で捜すのだが見つからない。
空ける部屋、空ける部屋、知らない人と
先生ばかり。

なんだかイヤになって、受講をあきらめる。
そして結局、一年間一度も受講しなかった。
それでももう学校からは通知が
こなくなった。

「ああもう勉強しなくていいんだ。」

物凄く大きな安心感が体中を包む。

幾度も見た夢のお話。(笑)